お腹ピーピー物語① 〜2回死にかけた話〜
僕は大病を患ったことがある。先天性腸回転異常症という病気だ。どんな病気かというと、生まれつき大腸の形が変になってしまって、うんちやおしっこが腸を通り過ぎることができず、自分で排泄ができない病気だ。なので、栄養をとることは愚か水分を取るのだって難しい。そんな病気に僕は0歳の時にかかった。
当たり前だけれど、全く記憶にないし、辛かったとも思ってないけれど、両親はとても大変だったらしい。
お母さんが朝起きて僕を見ると、顔が真っ青をになって、動かなくなっていたそうだ。(その時、死んだと思ってお母さんは気を失いかけたらしい笑)
そこから僕は、生きるか死ぬかの大手術を受け、無事成功し、なんとかここで第二の生を受けました。ですが、まだ自分で栄養をとることはできず、というか腸の形が安定するまで、水分しか取れなかったので、結果的には3歳?頃まで固形の食べ物を食べたことがありませんでした。
恐らく、一度死にかけただけでは、ここまでではなかったんですが、手術の後1ヶ月ほどでまた僕の容体が悪化しました。次は腸閉塞という病気です。イレウスとも言いますね。手術をしたことによって、腸の形ではなく動きが変になってしまい、蠕動運動、つまりうんちを体外に出す運動がうまくできなくなってしまったんですね。。なので、全部口に入れたものを吐くようになってしまったんです。。
ここでまた生きるか死ぬかの大手術です。今回はあまり状態が良くなかったようで、お医者さんから、生存確率50パーセントと両親は言われたそうです。そして、ここでもなんとか耐えて、第3の生を受けるわけです。
そんなこんなで僕は3年間も病院に入ることになりました。お母さんなんかは陽気な性格だったので、病院中の看護師さんと仲良くなったと豪語していました笑(話を盛る人なので恐らく嘘ですが🤥)
今でも、その病院に行くと僕のことを覚えている人がいらっしゃって、声をかけてくれることがあります。顔が小さい時から変わらないらしいです。嬉しいのか嬉しくないのか。。なので、何が言いたかったかというと、僕が一般的な人よりお腹が弱いってことなんです笑
腸の大きさは人より無いですし、盲腸は小さい頃からなくって、十二指腸の何かしらが欠損しているとの話も聞いたことがあります。自分のことなのにあまり定かではありません笑笑
記憶がある幼稚園児の僕は常にお腹のことを意識していました。
男の子がみんなかけっこをする中、僕は女の子とおままごとをするのが好きでした。姉がいた事もあって女の子と話すことに苦がないのもありますが、運動するとお腹が痛くなるんです。みんなは駆け回って楽しそうにしているけど、僕は走ったら辛いしうんちが漏れたらみんなに嫌われちゃう!という一心でおままごとをに走ったんだと思います。その結果、男の子から馬鹿にされることは多々ありましたが、僕の頼りない性格だからか、女の子に守られるという幼稚園生活を送りました。
自宅ではお母さん姉にめちゃくちゃ甘やかされました。一般的な家庭なら怒られる事も怒られなかった。特に食事を残す事。食育ができなかったせいか、味の強いものは全く食べられず、硬いものも苦手なので、豆腐が1番の好物でした。野菜は全く食べられず、栄養失調で貧血になる事もしばしば、、今でもその影響からか貧血になることが多いです。ということで、ほとんど離乳食のようなご飯で、それでも残していましたが、お母さんは何も言わず僕の食べられるものをいつも作ろうと頑張っていました。今思えば、相当辛かったのでは無いかと推測します。お母さんありがとう。
結局、幼稚園の時に食べられるのは、柔らかくて味が薄いものと、お肉、だけです。お腹に良いわけがありませんね。。ここから僕の食事とお腹ピーピーとの戦いが始まります。
長くなってしまったので、小学生の頃の話は明日書こうと思います。思い出しながら書いているのでまとまっていない文章でごめんなさい。読んでくれた方はありがとうございました。
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