喫茶店の女将がいうその彼とは

「あなたの上司かなと思うんだけど、長髪でメガネをかけてシュッとした男性がさっきまでいらしてたんだけど知ってる?」

喫茶店の女将はこう切り出した。

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この喫茶店は常連で、3日に1日くらいのペースで通っている。
女将が気になることを言っていて、ここ数日そのことをずっと考えているのだ。

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16時頃、仕事が一区切りついて、女将にランチありますかと電話した。
「ありますわよ」
遅めのランチをとることにした。

ランチを待つ間、女将はさっき来た男性を知っているかと聞いてきた。

雰囲気が私と近い感じだったようで、もしかしたらと思ったそうだ。

「長髪でメガネをかけてシュッとした男性」

「シュッと」というのは曖昧な表現である。おばちゃんが男性に向けて「シュッとしとんで〜」と褒め言葉として使うことが多いけど、その男性のストライクゾーンは広いようなイメージがある。

シュッとという部分を置いておいても、長髪でメガネをかけた男性というのは周りには少ない。知っている人だったらすぐ特定できるような気がした。



「パーマかかっていましたか?」

「かかってたわ。私服で平日のこんな時間にランチとコーヒーだから、あなたのような職業の方かな思ったのよ」

うちの事務所に、長髪にメガネの人はいる。けど、シュッとかと言われると、少し考える。いかにも海の町生まれですという目鼻立ちのはっきりとした顔なのだ。それに、この店に一人で来るとは思えない。だが、一応聞いておくことにした。

「顔立ちは濃いですか?」

「いいえ、濃くはなかったわね。どちらかというと薄いわね。とにかくシュッとしてたのよ」

...ちがうなあ。

女将が続ける。
「その方、このお店にいらしたことある話し方したんだけど、思い出せないのよね」

その男性は映画や地元の色んな話をしたのちに、コーヒーを頼む時、「今日はマイルドにしようかな」と言ったようで
女将は「あれ、この方、前もうちに来ていただいたことあるんだ。誰だろう...」となったというのだ。


「年齢はどのくらいですか?」
「あなたと同じくらい。もしかしたら下かも」

これは意外だった。こなれた話し方をしているイメージだったので、30歳以上、せめて私(27)よりは上だろうと想像していた。


「身長は?」
「高めかな」

「長髪でメガネでシュッとして私服...そんな人いたかなあ」
「自由業って感じだったわね」

長髪でメガネ、シュッと
20代、自由業。こなれた感じ。
私の知り合いっぽい人。

頭の中に思いつく男性を一人ずつ当たってみたが見つからなかった。

そもそも“長髪”と“シュッと”って割と対局な気もする。

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考えれば考えるほど、その男性が架空の人のように思えてきて、女将の話の8割は間違いのような気がしてくるのだった。

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