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承認欲求は本当に“悪”なのか?──アドラー心理学を超えて生まれる“エネルギー”の正体
はじめに──「認められたい」という気持ちは、そんなに悪いもの?
「承認欲求を捨てろ!」と言われたことはありませんか?
最近の自己啓発本やSNSを見ていると、「他人からの評価を気にするのはダメ」「承認欲求は邪魔」「自分で自分を満たせ」といったメッセージがあちこちで語られています。特にベストセラー『嫌われる勇気』で有名になったアドラー心理学が「承認欲求は求めないほうがいい」という文脈で言及され、「人からの評価ばかり追う生き方は不幸だ」というイメージが強まったように感じます。
でも、ちょっと待ってください。
実は私、習慣形成のコンサルティングを行うなかで、自分の承認欲求を素直に認められるようになった方ほど、グッと行動力が上がり、一歩ずつ確実に前進していくのを何度も目撃してきました。「あれ、承認欲求って一概に悪いわけじゃないのでは……?」という疑問が、私のなかでくすぶり続けていたのです。
そこで本記事では、「承認欲求は本当に“悪”なの?」という問いを入り口に、アドラー心理学や現代の心理学的知見をざっくりひもときながら、人間がもともと持っている“認められたい”という気持ちを、どうやってエネルギーに変えていけるのか?──そのヒントを一緒に考えてみたいと思います。読み終えたときには、「認められたい」と思う自分を責めるのではなく、「うまく活かしてみよう」と思えるかもしれません。
1. なぜ“承認欲求は悪”だと語られるのか?
● アドラー心理学の影響
承認欲求に対してネガティブなイメージを抱く人が増えた背景には、間違いなくアドラー心理学の影響が大きいと考えられます。アドラーの思想は、「他者から認められたい」「尊敬されたい」といった欲求に執着することが、自分の人生の課題から逃げる言い訳になる可能性を示唆しました。つまり「本当に大事なのは、どう生きるかを自分で決めること。誰かの評価に振り回されていては、主体性を保てない」というわけですね。
私自身、『嫌われる勇気』を読んだとき「確かに“他人の顔色ばかりうかがっている自分”から抜け出せたらラクだろうな……」と思った記憶があります。アドラーは「共同体感覚」や「課題の分離」などを通じ、自分の人生を自分で引き受ける意識を持つべし、と説いている。だからこそ、多くの人に衝撃を与え、「なるほど、もう他人の承認を追わなくていいんだ」と心が軽くなる人も多かったのでしょう。
● 他者評価に依存しすぎるリスク
また、「承認欲求は危険だ」と言われるもう一つの理由は、人間が「他者評価に依存しすぎるとメンタルを壊す」ことが研究でも示唆されているから。たとえばSNSで“いいね”の数ばかり気にしてしまう、職場の評価が下がりそうだと思うとビクビクして行動できなくなる……。そんな経験はないでしょうか。
他者評価に振り回されるあまり“自分らしさ”を見失うというのは、確かに大問題です。承認欲求を追いかけて疲れ切ってしまうケースが多発していれば、「求めないほうが幸せだよ」と言う人も増えるのは理解できます。
2. でも本当にゼロにできる?──承認欲求は人間の“本能”
● 承認欲求を捨てきれる人は少ない
一方で、アドラー心理学を誤解して「はい、もう私は承認欲求を完全に捨てます!」と宣言したところで、現実にはなかなか難しいものです。人間はそもそも社会的な生き物。歴史的に見ても、仲間はずれにされることは“生存リスク”に直結してきました。誰かに認められたい、必要とされたい、受け入れられたいという気持ちは、生物学的にも根源的に備わっていると言われています。
心理学者マズローの「欲求階層説」を思い出す方もいるかもしれません。生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、そして承認欲求……。つまり、私たちは「自分を認めてもらいたい」という思いを完全に消し去ることはできない。それがあるからこそ、社会のなかで貢献しようとしたり、自分を成長させたりする動機にもつながるのです。
● 認められることが「最高のモチベーション」になる場合も
とくに私が習慣形成の相談を受けていると、「本当は○○の勉強を頑張りたい」「SNSで発信活動を継続したい」という方が、「でもこんなの誰にも評価されないのでは?」と自信を失っているケースに多く出会います。実際、その方が「やりたいことが世の中に評価されたとき」の喜びやモチベーションは計り知れないものがありますよね。いわば「自分が本気で取り組みたいこと」×「社会の役に立つ・評価される」=最強のエネルギーが生まれる瞬間です。
「承認欲求は全部捨てろ」と言われると、この“黄金のモチベーション”を得られるチャンスをみすみす逃してしまう可能性があるわけです。たしかに他者評価に「振り回される」のは辛い。でも、反対に「うまく活かす」方法を見いだすことができたら……?
3. 比較や競争は不幸のもと?──それでも得たい“フィードバック”との違い
● 「比較」は疲労を生みやすい
承認欲求がやっかいだと思われる一因に、「他人との比較」が挙げられます。SNS時代を反映した研究でも、常にタイムラインで“リア充”を目にするほど、自分が惨めに思えて自己肯定感が下がるというデータが報告されています。「あの人はこんなにいいねをもらっているのに、私は全然……」というように、他人との競争や比較ばかりに意識が向いてしまう。これが習慣を続けるうえでも大きな障壁になることが少なくありません。
私自身、東京大学で分子生物学の博士号を取得し、周囲にはいわゆるエリートと呼ばれる人たちがたくさんいました。学生時代は学会で賞をもらう人、英語がペラペラの人、天才的な発想をする人……そりゃもう枚挙にいとまがありません。比較すればするほど「なんか自分って大したことないなぁ」と落ち込む日々。実は大学に入る前、成績もそこまで良くなかった時期があり、劣等感に苛まれた経験もあります。
比較にとらわれすぎると、「自分がやりたいこと」<「人に勝つため(あるいは負けないため)の行動」になってしまう。すると、その行動から楽しさが失われ、長期的な満足感や幸福感も得にくくなります。
● 「フィードバック」という視点をもつと続けやすい
一方で、「他者の評価は一切不要!」と開き直るのも、もったいないと感じます。そこでおすすめしたいのが、「評価をフィードバックとして捉える」発想。承認欲求を自覚しつつ、それを“学習”や“成長”の材料として使うのです。
例えば、英語のスピーキング力を高めたい人が、英会話スクールに通うとします。そこで講師から「もっとここをこうすると通じやすい」というフィードバックをもらうと、「なるほど、そこがダメだったのか」と発見があり、さらに上達を目指したくなりますよね。もちろん「褒められると嬉しいし、続けるモチベーションになる」のも事実です。でも、もし思うように承認が得られなかったとき、その事実を学習材料として活かす。「なぜ上手くいかなかったんだろう?」と原因を探り、また練習を続ければいいのです。
こう捉えられるようになると、「承認してもらえないからもうやめた!」とはなりません。むしろ「もっと練習したら、もっと認めてもらえるかも?」とポジティブに使えるし、「いや、承認以前に自分のスキルがまだまだだな」という客観的評価にもつなげやすい。承認=学習のチャンスと再定義することで、比較や競争の苦しさをやわらげながら“続ける力”を育むことができるのです。
4. 承認欲求を“利用”すると、行動が加速する?
● 私のコンサル現場で見た「承認欲求のパワー」
習慣形成のコンサルをしていて印象的なのは、「自分の承認欲求を認めるようになった瞬間」に一気に行動力が増す人がとても多いこと。たとえば、SNSを使って作品を発表しているクリエイター志望のSさん。最初は「評価なんていらない」「自分の好きなことをやるだけ」と言っていたのですが、実は内心では「評価されなかったらどうしよう」「認められたいのに……」とビクビクしていたんですね。
ところがセッションで「本当は人からもっと褒められたいですよね?」と打ち明けてもらったとき、Sさんは「はい。実はそうなんです」とホッとした表情になりました。そこで「じゃあ、どうやったら“評価してもらいやすい形”で作品を見せられそうですか?」と具体策を一緒に考え、作品の魅力をより伝わりやすい形に整えてみることに。すると、これまで躊躇していた投稿が面白いくらいスムーズになり、徐々にフォロワーからの反応が増えていったのです。
「認められたい」「褒められたい」という気持ちを隠すのをやめた結果、かえって「評価のために努力する」「少しでも品質を上げる」といった建設的な行動が増え、成果にもつながるわけですね。本人いわく「嘘をつかないで生きられる感じがする」とのことで、そこから先はどんどん投稿や創作が楽しくなったそうです。
● “自分の本音”を認めるところから始まる
このエピソードは、実は私自身の経験と重なるところがあります。大学院で研究をしていたころは、「承認なんかなくても研究はできる」と強がっていました。でも内心は、「発表で褒めてもらいたい」「論文が認められて賞を取りたい」という気持ちが確かにあった。そこを認めたことで、「どうすれば人に伝わりやすい研究成果になるか」「どうすればもっと面白いデータを出せるか?」という意欲が燃え上がったのです。
自己受容という言葉がありますが、まずは「認められたい自分がいる」ことを受け入れる。これだけで人はけっこう楽になって、行動に良いエネルギーが宿るものです。
5. どうやって“うまく”承認欲求を使えばいいのか?──3つのステップ
では具体的に、「承認欲求をどうやって利用するの?」という疑問が湧くかと思います。ここでは私が普段、クライアントさんとやっているシンプルなステップを3つにまとめます。
ステップ1:自分の本音を明確にする
• 「どうしても他者に認められたい」と思うとき、まずは「どんな形で認められると嬉しいのか?」をはっきりさせる。
• 例)作品のクオリティを褒められたい、英会話が上手いねと言われたい、論文の査読で高評価を得たい──など
• 恥ずかしがらずに「私、●●されるとめちゃくちゃ嬉しいんだよな」と言葉にしてみる。誰かに話せるなら尚良し。
ステップ2:フィードバック視点を取り入れる
• 「他者に評価されなかった」場合、落ち込むだけではなく、「どの点が響かなかったのか?」「何を改善すると良いのか?」という学習ポイントを探す。
• ダメだった理由を分析し、「次に活かしてみるか」と行動計画を微調整する。
• 上手くいった場合は、「お、やっぱりこういう見せ方(伝え方)が効果あったんだな」と次回の参考にする。
ステップ3:過度な比較をしない仕組みを作る
• 「誰かのSNSと自分の成果を四六時中比較しない」「ランキングの数字を頻繁に見ない」など、意図的に比較の回数を減らす工夫をする。
• どうしても比較が必要なら、「相手はどうやって努力しているのだろう?」と学びの種を拾う視点で捉える(羨望や嫉妬で終わらせない)。
• 成長の指標はあくまで「昨日の自分」や「一週間前の自分」。そこに焦点を戻せる仕組みをスケジュールや記録方法に入れておく。
6. 「承認欲求は必要ない」と思い込みすぎる罠
● “自分一人で完結する”の限界
私たちはつい「自分一人で頑張るのがカッコいい」「誰にも頼らず評価を求めない人こそ強い」と思いがち。でも、実は周囲の応援や評価をうまく活かしたほうが遥かに早く成長できるし、楽しく続けられます。人から評価をもらうことは、単なる自己満足に留まらず、「何が求められているか」を知り、「自分の活躍の場」を広げるチャンスでもあるのです。
● アドラーの本当の狙い?
「承認欲求を捨てなさい」という文言を、アドラーがどこまで強く言っていたかは諸説あります。アドラー自体は「共同体感覚」を強調し、「貢献感」や「仲間と協力する意識」を幸せのベースだと考えていました。なので「他者とのつながりや評価をまったく求めるな」というより、むしろ「人を必要以上に恐れたり、依存しすぎたりしないようにしよう」というのが真意ではないか、と解釈している専門家もいます。
もしアドラーが今のSNS時代に生きていたら、「他者評価が欲しいならそれを有意義に使えばいい。ただし、自分の課題や責任まで他人に委ねてはならないよ」と言ったかもしれません。もちろんこれは想像ですが、少なくとも極端に「承認欲求は悪だから、今すぐ捨てるべき」とは言わなかったのではないでしょうか。
参考文献・データ
• アルフレッド・アドラー著『Individual Psychology』
• マズロー著『Motivation and Personality』
• Deci, E.L. & Ryan, R.M. (1985). Self-Determination Theory: 人間の自律性・有能感・関係性に関する理論
• SNS利用と幸福度の関連研究例:Valkenburg, P. M., & Peter, J. (2007). “Online communication and adolescent well-being.” (Computers in Human Behavior)
7. おわりに──“認められたい”はエンジンになる
• 承認欲求は、人間が生きるうえで自然な欲求。それを無理に抑圧しても、かえってストレスになる。
• もし「他人の評価ばかり気になってしんどい」と感じるなら、その評価を“学習や改善のチャンス”として取り入れつつ、自分の成長に活かす視点をもつ。
• 比較や競争で苦しくなるくらいなら、勇気を出して「やっぱり認められたい」自分を受け入れてあげよう。そこから逆転の発想で、評価を“行動を続けるエネルギー”に変えられるはず。
私自身、いろんな習慣を身につけてきた道のりを振り返ると、「あわよくば褒められたい」「評価されて認められたい」という思いが心のどこかに常にあったと思います。博士号取得だって、「どうせやるなら結果を出したい」という承認欲求がなければ、あれほど情熱を注げたか微妙です。ITベンチャーに転職したときも、「こんな世界があるんだ!面白いことをして周囲を驚かせたい!」という承認欲求が原動力だった部分も否めません。
もちろん、行き過ぎると疲弊します。比較ばかりになり、自己否定に陥ることもあるでしょう。でも、そもそも「認められたい」というのは人間の強力なパワーの源でもある。上手に扱うコツをつかめば、人生を前に進めるための最高の燃料になるんですよね。
● 今日からできること
• 「自分、じつは承認されたいんだよな」と紙に書いてみる。
• それを叶えるための(具体的で小さな)行動計画を立て、実践してみる。
• うまくいかなかったら「何がダメだった?」と冷静に振り返り、次に活かす。
• 他者との比較がツライときは、SNSや評価サイトから距離を置く時間を作る。
• 昨日より少しだけ成長したポイントを、毎日記録に残す。
「承認欲求は悪いものだ」という呪縛から解かれて、素直に「私、認められたいんです!」と声に出せたら、意外なほど視界が開けるかもしれません。もし本記事を読んで「なるほど、もう少しポジティブに考えてみようかな」と思っていただけたなら、ぜひ“いいね”やコメントをいただけると嬉しいです。あなたの承認欲求が、あなたの大きなエネルギーに変わることを、心から願っています。
明日の自分が、今日よりほんの少しだけ前に進んでいますように。
ぜひ「認められたい」気持ちも味方につけて、あなたらしい習慣と人生を築いていきましょう!
明日の記事は、「面倒くさいを消し去る、ドーパミンの科学」について解説します。見逃したくない方は、ぜひフォローしてください。お楽しみに!