祝A&T10周年 -SFCにおける僕とA&Tという活動のはじまり-
僕が慶応SFCに入った年に始まったA&T、それから10年が経った。今僕はMITメディアラボという場所で、楽しく(最近は沢山頭も抱えながら)研究をしている。運よくこんな素晴らしい環境で研究・創作活動に取り組めているが、A&Tでの経験は確実に僕のものを作る人としての土台を形成した。(中垣の経歴・研究についてはこちらから。)
田島さんのA&Tの一年目を振り返るnoteを読んで、当時の活動がとても懐かしくなり、僕のものづくり・研究活動の原点であるA&Tについて、ちょうど良い機会なので書いてみようと思った。A&Tの最初の4年間の取り組みについては、僕の学部の卒論の付録としてドライにまとめたことがあるのだが、ここには当時の僕のパーソナルな感情やテンションを思い出しながら、極めて主観的に書いていきたい。基本的には、年ごとにA&Tのステップアップや、僕の気持ちの変化などを書いていく。A&T関係者や後輩が読むことを意識した書き方になっているので、内輪感強め(&結構長い!)。最後にはA&Tのこれからについても少し触れる。
*研究者的な特性上、沢山リンクを貼ってしまったが、全部のリンクに飛ぶ必要はないかと思う。気になったらどうぞ。
Before SFC
2007年にSFCのオープンキャンパスで稲蔭先生の模擬授業に魅了された僕は、人の心を動かす新しいものづくりがしたい!と思って、2009年にSFCに入った。AO入試のためにやりたいことを具体的に妄想するうちに、SFCに入って何かおもしろいもの作るんだー!という想いで頭と心がいっぱいになっていた。AO入試は素晴らしい洗脳だ。(そんなAO入試は面接で落ちて、一般入試でなんとか受かったのだが...)
幼少期の在米経験と、高校での1年間のアメリカ交換留学経験があったものの、プログラミングも電子工作もやったことのない、少々英語ができることを除くといわゆる'普通の高校生'だった。図工や技術、パソコンは好きだったし、タイピングは人よりも速かったが、別に勉強が得意なわけでもなかった。
A&T2009 - "アイデアを出して、作って、体験してもらう"ことの歓び
A&Tの活動の種を蒔いたのは当時SFCの博士課程の学生だった田島さんである。当時SKILL FACTORYというSFC生によるSFC受験生のための受験サポートをしている団体があって、そこで田島さんと会った。先の田島さんのnoteによると、僕は調子に乗って態度がデカかったらしいが、ただ単に念願のSFCに入れて、純粋にワクワクしまくっていただけだと思う。(入学前にSFCのシラバスが届いた日の夜は、寝る間を惜しんで読み込んだ記憶がある。)モチベーションとエネルギーが有り余っていたのだ。田島さんからそんな僕に目をつけてもらって(?)、何やら盛岡でメディアアートの展示会が開催されるみたいなので、なんか出さない?みたいな感じで誘ってもらった。(2009年は5月末開催だったみたいなんだけどスケジュールヤバい)
よく訳もわからず二つ返事で飛び込んだ。SFCに入って意識が上がりまくっていただけの僕にとっては最高の'ハンズオン'な機会だった、と今となって思う。僕は色々と運が良いことに自信がある。
他の一年生3人とグループで、作品を作ることになった。今のA&Tの基本的な流れとは変わってない。- 4月から3ヶ月弱で、アイデア出し、プログラミングから、アート&テクノロジー東北での展示まで全部一気にやる、濃密。全部楽しかったんだこれが。悩みながらも興奮気味にアイデアを思いつき、それを先輩の手を借りながらもなんとか形にして、それを人に体験してもらって楽しんでもらう。これは僕がSFCでやりたかったことに限りなく近く、全てのプロセスで、喜びやら好奇心やらが脳みそから溢れ出ていた。それはもう、それはもう、衝撃的に楽しかった。そのときの作品はこちらで。(ざっくり言うと、誰かの顔に落書きをしていたら最後は自分の顔に入れ替わる逆イタズラ装置。)
この経験で、劇的にアイデア出しや技術力が向上したわけではない。でもこの少々荒々しい超ハンズオンな学びの機会の中には、ものづくりのエッセンスが詰まっていた。例えば、
これを入学後すぐに体験できることはかなり重要だった。なにか作りたい、という意識が高いだけの僕の考え方・行動の仕方をスイッチングさせてくれたと思う。
A&T2010 - '教える側も楽しい'
この年は田島さんにそそのかされ、軽い気持ちで教える側になってみた。田島さんと二人で教える体制。この年は、Twitterで新入生をフォローし、宣伝・募集し、8人の新入生が集まった。8人で1グループにしてしまってグループワークがうまくいかず、後半で半分の参加者がフェードアウトしてしまったのは反省点になった。
参加者には、既に高校生の時からめっちゃプログラミングができる池滝くんとかいたので、あまり技術的なことは教えることはなかったけど、結果的に東北の展示で良い賞をもらっていた。当時の記録を見返すと、田島さんに加えて、山岡さん、武藤さん、A&T同期の日高もサポートしてくれていた。
この年から、僕は教えるプロセスも楽しいことに気づき始める。教えることは最大の学びであることを身を以て体感する。例えばアイデア出し一つをとっても、
- 一年生が考えてきたアイデアに対して、自分の脳の中に蓄積された情報をありったけ引っ張り出してきて、参考になりそうな既存の関連作品や研究を紹介する。思いつかなければ、ググって徹底的にネット上で探す。アイデアに対して、おもしろさや新規性をジャッジして、なぜそのアイデアが面白いのか・おもしろくないのか、どうやったらおもしろくなるか、をフィードバックしなければならない。-
一年生がアイデアを出してくるたびにこのフィードバックを繰り返すことは、結果的に自分自身のインプット量も増やさなければならず、何よりこれを通して僕が一番学べるのであった。アイデア出しに限らず、実装面においても同じことが言える。かの福澤先生が提唱された'半学半教'を超実践的な形で体現する活動だったことには、あとから徐々に気づくのであった。
僕自身は、2009年秋には、小川克彦先生(今年度で退官される)の研究室に一学期だけ所属、2010年春以降は筧康明先生(今年度から東大に)の研究室に所属した。もちろん研究やほかの授業などが学生生活の軸だったが、A&Tの活動自体に時間を割くのが楽しかったし、間接的にA&Tで教えて学ぶことによるスキルアップは、研究にも良く働いていたと思う。
あと、前年までこの活動に名前がなかったが、アート&テクノロジー東北という展示会に作品を出すことから、この年から一年生の間でA&T(エーアンドティーorエーティー)という風に呼ばれてて、そのまま流れで'A&T/アート&テクノロジー'が活動・団体の名前になっていった。
A&T2011 - 'A&Tの意義を見出す'
3.11震災の年。新入生も入学が遅れて、たしか新学期スタートが5月に伸びていた。僕は、教えることの楽しさにも少しずつ気づき始めたものの、まだそこまでのめり込んではいなかった。そんな意味でも、4月に入っても、A&Tという活動を続けるかどうかあまりよく決めてなかったと思う。結局A&Tをやろうと思ったのは、当時の新入生が集まってたところに顔を出して、そのうちの一人(よしたか)にこんな活動あったら興味ある?って聞いたら、あります!って言ってくれたから、じゃあやってみるかーって感じ。軽めのノリではあったが、新入生の純粋無垢なやる気とモチベーションは、毎年僕に火をつけた。
前年度の反省からチーム分けが必須だということを学んだので、集まった9人を2チームに分けた結果、チームワークは前年度よりうまくいってくれていた。片方のチームは特に仲が良かった。実装面は、この年から積極的に電子工作も取り入れることになり、研究室の先輩だった山岡さん他にも指導を手伝ってもらった。当時のものづくり工房の柿崎さんが大活躍したのもこの年だった。幅広いアイデアに対応できるように、指導側の実装スキルの幅も求められることから、上級生のネットワークを使って総力戦で一年生の実装のサポートをする姿勢はこの後にも引き継がれる。
ワークショップそのものもうまくいったが、この年で転機となったのは、初めてORF*での展示・発表に挑戦したことである。A&Tはいつも東北で展示して終わりだったので、SFCの人たちにも活動内容を見てもらえる良い場だった。何より僕自身が一年生の時からORFに強い憧れを持っていたので、一年生からORFで作品展示できたらめっちゃ楽しいだろうなと思った。問題なのは、展示に加えて活動内容の発表(プレゼン&ポスター)をするということ。どのようにA&Tを知らない人にこの活動を伝えるか?A&Tの意義ってなんだ?「作って教えて楽しー!」だけだったところから、一歩引いてその価値を問うてみる。そうやって、A&Tの価値をきちんと考えるきっかけになった。
そんな思考プロセスの中で、田島さんとも相談しながら、SFCの新入生にワークショップを提供することで未来の優秀な研究者・デザイナ・アーティスト・エンジニアを育てる、という目的を軸にA&Tの意義を洗い出した。まとめると、
全く狙ってもいなかったが、結果的にこの発表は、十数件の学生活動の発表の中から最優秀賞をいただいた(発表スライド)。素直にとても嬉しかったし、「なるほど、これは客観的に見ても良いことをやってるみたいだ..」と気づいた僕がいた。こうしてこの年にA&Tの意義を整理し、学内で評価頂けたことは、「A&Tを続けよう」と心に決める重要なきっかけとなった。審査員だった清水唯一朗先生には、分野外にも関わらずしばしば直接褒めていただき、自信に繋がったし大変ありがたかった。
ちなみにこの年は、研究室での活動もうまくいってくれて、ペタンコ麺棒という作品でIVRCで優勝できたのも、この年だった。ありがたし、運良し。
A&T2012 - '継続するサイクルを作る'
この年は僕は四年生、上級生のアドバイザーとして積極的に参加する最後の年だ。それまでも過去のWS参加者が少し協力してくれたことはあったけど、この年は前年度の参加者だった藤吉賢がガッツリ協力してくれて、ほぼ二人で進めた。
ORFで評価してもらえたこともあって、もうこの年の僕はA&Tにノリノリの前傾姿勢。A&Tの意義もはっきりした中、これまでほぼ一人で回してきたこの活動を、自分がいなくてもサイクルする・続くようにすること、そのための仕組みづくりを整えることをこの年の目標に立てた。
まずやったのは、それまでメールに頼っていた進捗報告やアイデア出しのフィードバックを、きちんとアーカイブして見返せるサステナブルなシステムの構築。関係者だけがアクセスできるクローズドなサイトをWordpressで作った(藤吉が!この時からめちゃ仕事できる!!!)。このサイトには、企画・制作・展示におけるコツやノウハウも集約した。(今もこのサイトは続いてるのだろうか?今だとslackとか色々使えそうなツールはあるね。)
この年は3チーム12人程度の新入生が集まった。藤吉にもサポートしてもらいながら、3つのグループのディレクション(今のA&Tでいうメンター)を同時にほぼ一人で行った。(SFCの講師の方々にも協力していただいた覚えがある。)3つのそれぞれのチームが、週に1-2回進捗報告してくれる中で、全てに全力でフィードバックをすることは大変だったが、猛烈に充実感を感じていたのは覚えている。最後にして、教える楽しさを一番に感じた年だった。自分で研究室とか持ったらこんな感じなのかなー!、とか妄想するようになった。
この年のORFでも発表・展示の機会をいただき、このA&Tが続くための仕組み作りを軸に発表を行い、昨年に引き続き最優秀賞をいただいた(発表スライド)。ありがたし。この年は藤吉と二人体制で運営していたが、ORFで発表する頃には翌年に向けてメンター制度という、各上級生が専属で各チームの指導をする仕組みを考案していた。
前述の卒論の付録としてまとめたのはここまで。卒論そのものとは関係のない内容だったが、この活動の記録はどこかに残すべきだと思い付録として無理やりぶち込んだのであった。この年の終わりには、A&Tとしての4年間の活動を評価いただき、SFC STUDENT AWARDもいただけた。
A&T2013以降 - 'A&Tが転がり始める'
そんなこんなで学部を卒業したが、並行して進めていたMITメディアラボの受験には失敗したので、2013年は僕はSFCの大学院にいた(メディアラボは翌年再度受験して合格することになる)。
A&Tに関して、僕は一歩引いて活動をサポートする立ち位置になったが、前年度に整えた仕組みや体制も功を奏し、とてもうまく活動が回っていた。運営・指導をする上級生も増えて、その結果受け入れる一年生も4チーム(16人)、5チーム(20人)と規模が拡大していった。うまくいった大きな要因の一つに、純粋に上級生や参加者同士がとても仲が良かったことがあげられる。ものづくりやデザインなど、広く興味も悩みも共有できる仲間たちと、入学直後に昼夜を共に、苦労しながら単位も関係なく作品作りに取り組む環境は、多くのA&Tの学生にとってSFCでの人間関係の基盤になっているようだった。その団体と、そこにいる人たちに愛がある学生団体は強いと思う。(愛というか、英語でいうとCare Each Otherみたいな関係?)
また、ふらっとアイデア発表会を覗きにいくと、去年一年生だった上級生がとても良いフィードバックをしていて、その成長に感動したことをよく覚えている。この団体はもう勝手に回っていくなあと確信した。
その確信通り、というかその確信も超えて、後輩たちはたくさん成果を上げていった。2013年から一年生の作品は、A&T東北の展示で他大の院生に混じって、2年連続最優秀賞を取った。2013年のORFでは、代表になった藤吉賢が前年に続き最優秀賞も取ってくるし、A&T東北以外の外のコンペ(IVRC, HAPTIC DESIGN AWARD etc)でも作品が評価されたり、あげればキリがないが、2009年の初年度からは考えられない躍進っぷり。2014年代表の浅野の尽力と、田中浩也先生のご協力もあり、正式に大学公認の学生団体にもなったのも、大切なステップ。2014年春にはA&Tの5周年を記念したA&T展も開催した。5周年記念として(今となっては小っ恥ずかしい)過去の参加者のインタビュー冊子も作った。
...10年経って
— と、そんなこんなで10年が経った。僕がSFCを離れてから4年以上が経っているので、後半の動向はそばでは見てはいないが、SNSなどを通してこっそり覗いてみると、後輩たちは苦労しながらも続けてくれていたようだった。たまに相談の連絡をくれるのも嬉しいし、アメリカ時間のド深夜にアイデア発表会に中継で頼まれて参加したこともあった。たまに日本に帰ると声をかけてくれてご飯とか飲みに行って、みんなの活躍や人生プランを聞いたり、初めて会う後輩のやりたいことを聞くのも楽しみだった。
10年続くことも想像してなかったが、fbグループによると総参加人数も120人にのぼり、海外にもたくさん卒業生が飛び出している現状は、本当に感慨深い。2011年にA&Tがきちんと続くようにしようと心に決めて、ここまで来たことはただただ感無量である。単純にこのnoteの写真を上から下にスクロールするだけで、その人数の増え方の半端なさがわかってもらえるだろう。こみ上げるものがある。
この10年、サポートいただいた先生方、その他関係者のみなさま、そして何よりA&Tという活動のバトンを次へ次へと繋いでくれた後輩たち全てに感謝したい。
A&Tを通して、会ったことのないフレッシュな後輩たちのやりたいことを聞いて初心を思い出させてくれることも、世界各地で様々な生き方・活躍をしている卒業生と語ることで広い知見と視野を得られることも、宝だ。
A&Tの役割と、これから
最後に、これからのA&Tについて、思うところを少し書いてみる。(先日の10周年記念イベントで現役生からの相談より少し考えた内容)
10年前と今のSFC(特にデザイン領域)は大きく違っているように見える。そもそも最近のSFCに入ってくる学生で、メディアアートやインタラクションを学びたい学生ってそんなにいるのだろうか? A&Tは、学生のモチベーションに寄り添いそこを伸ばしてあげる環境や活動であることがベストだと思うので、それに合わせて、今いる学生やSFCの環境を活かしながら臨機応変に形を変えるのは良いことだと思う。
A&Tのようなインタラクティブ作品・メディアアート系のワークショップの良いところは、融合的に幅広いスキルを学べるところだろう(コンセプトデザイン・UXデザイン・プログラミング・電子工作・意匠デザインなど)。A&Tとしては、様々な学生のやりたいことに合わせて、ざっくりとした枠組みは維持しながらも、デザインやテクノロジーの新しい流れと、学生のニーズをどう組み込めるかは、常に面白いチャレンジだと思う。今だと(むしろ少し古いかもしれないが)、デザイン寄りであればデザインリサーチ、スペキュラティブデザインなど、テクノロジー寄りであれば機械学習、VR、バイオなど、この辺をエッセンスとして'時代に合わせた(or先取りする)'作品・もの作りを一年生ができるような土台作りができると良いのではないだろうか。(いや、こんなことをワークショップを設計する学部2-3年生に求めるのは難しいのかもしれないけど!)
まあなんにせよ、僕がどうぼやいたところで、次のA&Tを作っていくのは今の現役の学生たち。一番重要なのはみんなが楽しむことなので好きなように、楽しいようにやってほしい。何よりそれがみんなの成長に繋がるはず。僕がA&Tの活動をやってて楽しかったのは、A&Tとしての活動を常に変化・進化させていって、それによって次のSFCを作っている感覚があったこと。そして、この感覚は今となっては強い実感になった。みんなも無理にこれまでのA&Tの内容や規模を維持しようとせず、挑戦と好奇心に溢れた新しいA&T(そしてSFC)を形作っていってくれれば良いと思う。A&Tを無理に続けてもらう必要はないが、好きなものやことを学んで作って教えるコミュニティのプラットフォームとしては面白いと思うんだ。Have Fun!!!
あと、10年前と違うのは、沢山のOBOGがいろんな領域にいることなので、いつでも誰にでもリーチして、A&Tのことでも将来のことでも相談してくれるのはみんな歓迎なはずなので、お気軽に!
10周年、ありがとう!!
*カバーと最後の写真は2018/12/29に開かれた'A&T10周年記念の世界を繋ぐ鍋パ'より