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ぶよぶよして腐っている(再編)



だがわたしたちは、父親と

同じ生き物であることから逃れられない。

戦争は、男が怒鳴るときの形相?

ときたま、父の加齢臭が、

精液の匂いに似ていると感じる。

男性とは、強権を扱う資格である。

強権、ミソジニー、戦争、絶頂が、

わたしにも刻み込まれている。


ため池を見下ろす遊歩道を歩く。

左端の細い溝で、

枯れ葉を踏むような音がした。

尾が青いトカゲがいる。

近づくと、ガサガサと音を立てて

溝の中を右往左往する。

父を恐れていた。

どうも、わたしの影に反応して

動いているらしかった。

一匹のトカゲが、

桜の開花がアナウンスされる頃の、

暖かい日射しを遮った、

背の低いわたしの小さな影を避けている。

戦争が男の顔をしているなら、

男の顔で、命を失うことに恐怖し、

自らの犯した殺人に

精神を病むのではないか。

妄想に囚われた父が、母と二人の時、

嘲笑的な口調をとっていると知る。

半分が、ぶよぶよして腐っているのだ。


ふりかえれば、

わたしがひきずる影が、

ぶよぶよして腐っている。

絶頂に達しても、

精液の妙な熱にぞっとする。

きみをどれだけ好きでも、

保存しようとするように

愛してはならない。

半分が、ぶよぶよして腐っているのだ。

わたしがひきずる影が、

ぶよぶよして腐っている。



明石陽介 編 『ユリイカ 7月号』第55巻第9号 青土社 「今月の作品」選外佳作に選ばれた作品を再編集


>~<っっ