第3回 「撃っちゃうんだなぁ、これが!!」という台詞から見るゾルタン・アッカネンの正常性と脚本のイレギュラー(『ガンダムNT』考察)【考察】

始めに(注意書き)

はじめましての方ははじめまして。そうではない方はお世話になっております。吹井賢です。

コラム『吹井賢の斜に構えて』第3回は、映画『機動戦士ガンダムNT』に登場するキャラクター『ゾルタン・アッカネン』について、そして、ガンダムNTの脚本面におけるイレギュラーについてです。

最初にお断りをば。


※今回のコラムには映画『機動戦士ガンダムNT』のネタバレが含まれます。

※なお、このコラムで記述する本編時間はバンダイチャンネルでの再生で確認したものです。DVD、Blu-ray等の映像媒体とは異なる場合があります。

※また、下記の内容は吹井賢の考察に過ぎません。ご了承ください。


それでは始めます。


『ゾルタン・アッカネン』という悪役

この記事を書く前に、『機動戦士ガンダムNT』(以下『ガンダムNT』)について調べたのですが、『ゾルタン・アッカネン』(以下「ゾルタン」)って、27歳らしいです。吹井賢と同年代

……だからどうしたって言われると困るのですが、なんか余計に愛着が湧きました。


さて、そんな27歳、袖付きで大尉を務めるゾルタンですが、この記事を読まれている方に彼のことをわざわざ説明するのもおかしな話です。

ご存知の通り、ゾルタンは『ガンダムNT』におけるメインの悪役です。

吹井賢は「ガンダムNTは、PVの『撃っちゃうんだなぁ、これが!!』という印象的な台詞のお陰でヒットした」「ガンダムNTの魅力の六割くらいはゾルタン・アッカネンというキャラクター、及び、彼を通して映し出されるNT神話の暗部」と思っているくらいに、ゾルタンが好きです。

製作陣曰く、「肩がぶつかったメカニックを半殺しにするような奴」なので、絶対一緒に仕事はしたくないですが……。


ゾルタンは、CVである梅原裕一郎氏の名演技も相俟って、やたらに印象に残る台詞が多いキャラクターです。

こんなこともやってたしね。


さて、そんな彼の最も有名な台詞が、

撃っちゃうんだなぁ、これが!!(本編33:40頃)

です。

「分かっているよ、エリク中尉。同胞たるスペースノイドを傷付ける愚は犯すまい」と発言しておいて、5分も経たずにコロニー内でビームライフルを発砲、そして、乱射何なの、この人

連邦軍のイアゴ・ハーカナ(以下「イアゴ隊長」)が「撃つなよ、ここには人がいるんだぞ」と味方に注意を促した直後なのがまた、シリアスな笑いを誘います。


余談になりますが、かつてクワトロ大尉は、コロニー内でのビームライフル使用に関し、「連邦軍はいつになればコロニーが地球と地続きでないことを理解するのだ」と苦言を呈したように記憶しています。

クワトロの思いはイアゴ隊長以下シェザール隊には届いたようです。

……10年掛かったけど(『Zガンダム』は宇宙世紀0087年、『ガンダムNT』は0097年)。


閑話休題。

ゾルタンの非人道的でアナーキーなムーブは続きます。

回避行動を取るヨナ・バシュタ(以下「ヨナ」)に対し、言うに事を欠いて、

おいおい、避けるなよ……。コロニーに穴が開いちまうだろうが!(本編34:35頃)

もう滅茶苦茶

いやー、見事な悪役振り。


しかし、ゾルタンの名台詞、「撃っちゃうんだなぁ、これが!!」ですが、よくよく考えると妙に思いませんか?


「撃っちゃうんだなぁ、これが!!」という台詞に見える、ゾルタンの正常性


最初にお断りをしておくと、今から行う指摘は、確か、ふたば辺りの掲示板で見たものであって、吹井賢が思い付いたものではありません。

僕はガンダムを見る際には、制作側のインタビューからまとめサイトまで、片っ端から情報を集めます。視聴後も同じくです。

この指摘も、その過程で見つけたものです。

ご指摘された慧眼を持つファンの名誉の為に断りを入れておきます。


さて、指摘の内容はこんなものでした――「単に正気を失ってる奴なら、『撃っちゃうんだなぁ、これが!!』とか言わないよね」「そういう風に発言するってことは、コイツは”コロニー内で発砲する”という行為が悪いことだと理解してるんだ」

なるほど、と膝を打ったことを覚えています。

そうです、本当に支離滅裂なだけのキャラクターなら、「撃っちゃうんだなぁ、これが!」≒「コロニーの中だけど俺はあえて撃つよ!」なんて、言わないはずなのです

歴代の強化人間も市街地に被害を出すような行為を行いましたが(いい迷惑だ)、大抵は錯乱状態で、「みんないなくなっちゃえ!!」とか「空が落ちてくる…!」とか、そんなことを叫ぶばかりでした。

しかし、ゾルタンは違います。異常性ならぬ、正常性が根底に存在している。ある種の「まともさ」がある。

どれほど無秩序に見える言動をしていようと彼は正気であり、恐らくは真っ当な常識や倫理感も理解していて、それらを含めた、「自分を馬鹿にした世界全て」をぶっ壊す為に戦っているのです。


ゾルタンの立場からすれば当然のことでしょう。

だって、無理矢理ジオンに強化人間にされ(しかも片目失明)『赤い彗星の再来』として使えないと分かったら「失敗作」呼ばわり、挙句の果てには捨て駒扱い

ゾルタンの所業は許されたものではないでしょうが、彼のこれまでを踏まえると、暴れたくなる気持ちも分かります。

失敗作だって見捨てられりゃ傷付くし、腹も立つんだがな(本編57:00頃)

……この台詞の後、コクピットで涙を流しているシーンが実に印象的ですよね(「傷付く」と口にして本当に泣いてる悪役はじめて見たよ)。


製作サイドの語る『ゾルタン・アッカネン』

そんな魅力的なゾルタンですが、制作陣はどう評しているのでしょうか?

原作者の福井晴敏氏はこう語っています。

敵のゾルタンは……“SNSの権化”みたいなやつですね。(引用元:https://www.famitsu.com/news/201905/13175546.html)
欲望に忠実で、思ったことや受け取ったことをすべて斜めに返していく。(引用元:同リンク)

恐らく、氏が言いたいのは「現代的な捻くれた若者だ」ということでしょう。ヨナも同様であって、「(ゾルタンとは別の意味で)現代の若者」と評されています。

しかし、こちらのインタビュー記事では、監督の吉沢俊一氏が「でも、ときどき妙に的を射たことを言うんですよね。」と返し、福井氏も「そうそう」と同意しています。


プロデューサーの小形尚弘氏は、こんな風に語っています。

ゾルタンの特異性は、勧善懲悪な敵キャラということですね。これは『UC』でもやらなかったことです。小説だと、『UC』ってフル・フロンタルが悪役で、少し勧善懲悪な物語だったんです。それがアニメになった際に池田秀一さんの声がついたことで、福井さんとも話して変えてしまいました。それに対してゾルタンは、初めから悪に振り切ろうというコンセプトでつくられたキャラクターです。「ガンダム」だと、なかなかそういう勧善懲悪な敵キャラクターはいないんです。(引用元:https://akiba-souken.com/article/37150/)

『フル・フロンタル』というキャラクターの人物像が映像化にあたって変化したことは有名ですが、その変化した部分、福井ガンダムの「悪役」としての成分をゾルタンが担っているようです。


『ゾルタン・アッカネン』によって描き出されるNT神話の暗部

監督の吉沢氏も触れているように、ゾルタンの魅力の一つは、「妙に的を射た言動」です。

それはシニカルな、しかし本質的な、NT神話否定。

人間が宇宙に暮らすようになって精々100年……。それで『ニュータイプになれ』って、夢見過ぎだよなぁ? 進化ってのはそんな簡単なもんじゃない。(本編1:08:20頃)
この光……! 人の意思が力に……? ……それがどうしたぁ!! こんなものが何になる!? 誰がこれを理解する!? オールドタイプが理解するのは、現象だけだ! 奇跡を目にしても、その本質を学ぼうともしない……!(本編1:12:08頃)

そうして、ゾルタンは続けるのです。「……人は変わらない。これからも。俺やお前らみたいな人間が、奇跡の為に切り刻まれる!」と。

冒頭、吹井賢は「ガンダムNTの魅力の六割くらいはゾルタン・アッカネンというキャラクター、及び、彼を通して映し出されるNT神話の暗部」と述べましたが、まさにこの辺りです。


幻想的で超常的なフェネクスとバランスを取るように、ゾルタンはニュータイプとしての力を使い、自身も「奇跡」と呼べるような現象を引き起こしながらも、ニュータイプや人の可能性を否定し続けます。

恐らく原作者の福井晴敏氏は、ゾルタンの言動で、バランスを取っていたんじゃないでしょうか?

「ニュータイプって素晴らしいだけじゃないよね」「皆がニュータイプになれればそれは理想だけど、難しいよね」と。

自らを戒めるように、アンチテーゼを示すように。

先ほど僕は「ゾルタンは悪役としての成分を担っている」と述べましたが、ゾルタンの、人や世界に絶望し、可能性を否定する様は、まさに原作のフル・フロンタルと同様です。


しかし、吹井賢は思うのです。

「勧善懲悪的な物語としては『ガンダムNT』は失敗なのではないか」と。


『ゾルタン・アッカネン』は、勧善懲悪的な物語の”悪役”として相応しかったのか?

……ここから先は完全な吹井賢の想像です。


恐らくですが、企画段階での『ゾルタン・アッカネン』は、もっと悪役らしいキャラクターだったのではないでしょうか。

けれども、何処かの段階で――それが設定を詰める部分でなのか、CVである梅原氏の演技でなのか、クライマックスを組み上げる最中でなのかは分かりませんが、単なる悪役ではない、人間味のある言動が増えた。

イレギュラーが起きたのです。

だから、吹井賢は「滅茶苦茶な言動をし、関係のない市民を躊躇いなく戦闘に巻き込み殺す悪役」だと理解する一方で、「NT神話の暗部を描いたキャラであり、主人公であるヨナ達と同じ存在」と思い、どうしようもなく魅力を感じてしまう。

楽になろうぜ……。(本編1:19:42頃)

終盤の、ヨナに掛けたこの一言だけで、ゾルタンが「ただの悪役ではない」と感じられてならないのです。

その諦観と共感が入り混じった声音からは、「もう頑張らなくていいじゃないか」という思いが聞こえるような気さえします。

そう思ってしまうのは、僕だけでしょうか?


『ガンダムNT』は勧善懲悪の物語ではなかった、けれど

はっきり言って、「勧善懲悪的なストーリー」としては『ガンダムNT』は失敗だと思います

しかし、「ガンダム作品としては成功だった」とも思います

人の持つ様々な側面、人類の業、切ない人間ドラマ、カッコいいMSとバトル、そして可能性のある結末……。という風に、ガンダムとしての魅力が溢れているからです。


皆さんも今一度、『ガンダムNT』を視聴してみてください。

そして是非、感想をコメントに書き込んでください。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


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最後に宣伝!


見逃すなよ諸君! 吹井賢はこれからも作家をやっちゃうんだなぁ、これが!!




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