いつまでも遠い人 坂本龍一さん

あなたにとって最も美しいと感じるアルバムは何ですか?

この質問は「この人の価値観や目線に興味がある!」という人に尋ねられることが多い。
私のような無名ギタリストには無縁の質問だが、自問自答という形で挙げれば、最も美しいと感じるアルバムの1つはMORELENBAUM2/SAKAMOTOの『CASA』だ。

自宅で撮影したCD

坂本龍一さん、チェロ奏者で作編曲家のジャキス・モレレンバウム、ボーカルのパウラ・モレレンバウムの3人がアントニオ・カルロス・ジョビンに捧げたアルバム。録音はジョビンの自宅で行われて、坂本龍一さんはジョビンが愛用したピアノを演奏している。

私はギターの生み出すハーモニーに興味を抱いて、その興味のベクトルが23歳頃からブラジルへと向かった。バチーダやアルペジオで色彩豊かなハーモニーをなぞるのが楽しかった。ピアノとは違う温度の色彩が演奏する際に心地よかった。時には音の中でイパネマの海岸を夢見ていた。

その夢見がちな音楽生活の中でふと出会ったのが『CASA』。坂本龍一さんがジョビンのカバーをしているのに驚いたと同時に納得した。ピアニスト、ハーモニーの創造性、プロデューサーの視点、環境への眼差し、これらの共通点を考えると、シンパシーやリスペクトを抱くのは自然なことに思える。驚きは全曲カバーという形でアルバムにしていることだ。ちなみに『out of noise』の楽曲解説で「あまり人の曲をカバーをしたことない…」と述べていた。

アルバムの中で私が特に好きなのは「Fotografia」。もちろん他の曲もすべて好きだ。「Fotografia」はチェロの4分刻みの上にピアノの響きが彩りを与えるイントロ。このような素朴な始まりの後にパウラの声が入る。そこからサカモト・ハーモニーがより豊かに広がる。ただ、ジョビンの世界にいるのは確かに感じる。アレンジ、編曲、カバーのどの言葉もしっくりしない。作曲者と演奏者がこんなに融け合うことなんてあるのだろうかと驚く。私はその驚きの正体を探るために、耳コピでギター用にアレンジして演奏したことがある。ギター1本でジョビンの曲をサカモト・ハーモニーで彩るのは難しいと感じたのは良い思い出だ。

ギターソロにアレンジした譜面

実は坂本龍一さんに近い距離で会えるかもしれないとワクワクした日があった。2019年の8月15日から16日に和歌山の熊野で行われる予定だった「オン・ザ・ボーダー―中上健次のいた時代―」という熊野大学の合宿だ。坂本龍一さんに会いたい一心で参加を申し込んだ。正直に言えば、中上健次に全く詳しくなかったので、慌てて一冊の本を購入して読んだ。『路上のジャズ』という時代の空気が香る本だった。

ちなみに「会えるかもしれない」や「予定だった」と書いたのは台風直撃によって合宿が中止になったからだ。仕事仲間に「すいません!坂本龍一さんに会うので仕事休みます!」と明るく有給休暇を取ったにもかかわらず、数日後に「会えませんでした…」としょんぼり伝えたのも今は懐かしい。

慌てて買った一冊

私は坂本龍一さんに直接会ったことはない。動く姿は画面越しにしか見たことはない。今までもこれからも遠い人。でも、その音楽はこれからも心に響き続ける。

芸術って良いですね。

編曲した楽譜の例

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