書評『カルフ箱庭療法』(ドラ・カルフ 著/山中康裕 監訳/河合隼雄 解説)
長らく積読になっていたが、大学で履修中の〈心理学的支援法〉で箱庭療法を学んでいて、読む好機ととらえ挑戦してみた。著者のドラ・カルフは箱庭療法を創始した人物で、本書は全10章から成り、第一章では総論として彼女の箱庭療法に対する基本的な考え方が紹介されている。要点としては、①人はその本質において「遊ぶ人」。遊びにおいて人は自らの全体性へ近づく、②「喜び」と「真剣さ」、「自由」と「制約」この特徴的な両極性が箱庭療法の外的形態のうちに与えられている。第二章以降では、実際のクライエントの事例が丁寧に紹介されている。読んでいるうちに、自分がクライエントになって数度にわたって箱庭を作っていく過程で成長していくことを追体験したような気分になった。こうした体験をしておくことはセラピストになるためには必要なことなのかもしれない。
各事例に登場した作品の中にはシンメトリカルな図形や曼陀羅のような造型が少なからず見られる。これを見ていると、人間の無意識の中にC.G.ユングが唱える民族の習俗・文化や宗教に根差した集合的無意識が本当にあるように思えてくる。特に本書が西欧文化圏での著作であるため、作品を通して表層に現れた無意識の事例解釈の拠りどころとしてギリシャ神話や聖書の話が引かれているのは興味深い。また、すべての事例に共通して見出せるのは、来所の回を追うごとに作品内容が内的葛藤から統合へ向かっていく変化のダイナミズム。安心できる空間で箱庭を作りながら自己と向き合うことで、自己を見つめ変容・統合・成長に向かう。人間の中には自己治癒力があることは確かだ。
なお、自分自身も数年前に箱庭を作ったことがある。左・中央・右を川で三つに分け、左に駅舎・線路・垣根・花壇。停車する蒸気機関車を秩序よく配置し、中央には大きな火山、右側にはヤシの木と池とほとりで水を飲む二匹の白い犬。自己分析すると几帳面な性格が出ている反面、心にどこかに不安を抱えて怒りっぽく感情がコントロールできないところがあり、どこかで癒しや精神の安定を求めている、ということになろうか。
原書第3版あとがきの締めくくりで、著者の子息で哲学博士であるマーチン・カルフがこう書いている。(以下引用)「母ドラは、クライエントが深層過程の経過中に、C.G.ユングのいうところの自己に出会うことが出来るために、関係の質を一つの重要な条件として注視しました。そのような経験が訪れるためには、治療者も不断の仕事を通して自分自身、自己の完全性に対して生き生きとした関係を維持することが本当に必要不可欠なのです。」このことは、私自身が産業カウンセラーとして大切なことと考えている、三つのこと①心身ともに健やかであること、②自己一致していること、③本気で生きることに通じるものではないかと理解して、少し自信をもらった。
(2024.7.26読了)