深夜のファミレス
居酒屋でも、バーでも、カフェでも、レストランでもなく、深夜のファミレス。
そこは、万人を受け入れ、他愛もない日常が続く場所。
二軒目の居酒屋のあと騒がしくない場所に行きたい。お酒も飲みたいし、ご飯も食べたいし、コーヒーも飲みたい。家ではなく、誰かの気配を感じるどこかに居たい。終わらなかった仕事をしたい。
そんなときに辿り着くのが、深夜のファミレス。
静かでもなく、騒がしくもない。家族、恋人、友達、おひとり様、仕事仲間…。多種多様な組み合わせの人間関係が存在して、互いに干渉せず落ち着く場所。
ぼくは、そんなファミレスが好きだ。
深夜のファミレスだが、新型コロナ以降、風景が一変した。
自治体より発せられた深夜営業の自粛要請、居酒屋を含む様々な業態の深夜営業がなくなった。ファミレスもその中に含まれた。
それ以降、夜の街はゴーストタウン化し、23時以降の街には人影がなくなった。
そのような自粛の影響で、ファミレスの深夜営業は、新型コロナが第5類感染症に移行する2023年5月時点でもほぼ戻っていいない。
文化のゆりかご
深夜のファミレスは、文化のゆりかご。様々な名作を生み出した。
多くの小説家、脚本家、お笑い芸人はファミレスにて執筆をし、映画やドラマの大事なシーンは深夜のファミレスということも。
「花束みたいな恋をした」などの脚本家・坂元裕二作品にはファミレスが登場。坂元作品に影響を受けた脚本家・生方美久のドラマ「silent」では夜のファミレスが多々出てきた。
また、ファミレスと言ったら欠かせないドラマがある。『THE 3名様』だ。
福田雄一が脚本・監督を務め、佐藤隆太、岡田義徳、塚本高史の3人が出演している。
深夜のファミレスの、何か起こりそうで起こらない、日常の延長でしかない場所だという空気を上手く表現している。これぞファミレス!
ドキドキするような恋愛のきっかけではなく、ただダベり、もう3時だねとか言いながら氷の溶けた薄いジュースを飲んだりするような空気感。
本当に名作ドラマだと思う。
お笑い芸人のネタ作り、ネタ合わせだってファミレス。
東京03の飯塚さんは、最長17時間くらいファミレスにいたことがあると言っているほどだ。
名作ドラマ、映画、コントの数々は、ファミレス生まれ、ファミレス育ちなのだ。
干渉しない空間と雑音
なぜここまでクリエイターたちがファミレスの虜になるのか考えてみると、干渉しない空間と程よい雑音があるからなのかもしれない。
店員さんが接客するのは、最初の案内と注文、給仕、お会計と、接点がほとんどない。こちらから用を伝えない限り、声がけされることもなく、気を使われることもない。
また、程よく雑音があるのも心地よいのだと思う。名曲喫茶の静寂でもなく、居酒屋の騒音でもなく、食事、おしゃべり、読書など、人の様々な営みの音が程よく聞こえてくる。雑音があるからこそ、こちらも集中できて、喫茶店と違いパソコンなどの音も迷惑になりにくい。
また、たまにある痴話喧嘩、別れ話ですら恋愛や性の駆け引きを繰り広げられる飲み屋とは違い、日常の延長だからこそ、ドラマチックに思えて、ネタの一つに昇華できるのだ。
第3の場所としての価値
深夜のファミレスの尊さを実感したのは、やはりコロナ禍だ。
職場でも、家でもない場所。第3の場所。
食事も和洋中と選択肢があり、お酒飲んでも飲まなくても、長居してもサクッと食べて帰っても、何をしても許される場所、ファミレス。
仕事をしても、読書をしても、スマホで映画を観てもいい。家に帰って感じる寂しさを少しでも和らげることができ、23時にいるオレンジジュースを氷なしで、いつも飲んでるおじいさんに『おれんじい』と心の中であだ名を付けることもできる。寝れなくなった夜に、小腹を満たすことだってできる。
そんな場所として、日本各地に存在しているのはファミレスだけだ。
僕にとって深夜のファミレスは、仕事終わりに一日の出来事、考えを整理したり、勉強をしたり、家では集中しにくい作業をしたりしていた場所で、何物にも代えがたい時間だった。
ちなみに、グラフィックデザイナー時代、よく行っていたのは前の家の近所にあった「ガスト 杉並和泉店」。引っ越したあと閉店してしまったらしい。
深夜ファミレスアンソロジーを読みたい
日常の延長として、当たり前に存在していた深夜のファミレス。なくなってしまったからこそ、価値を再確認できた。
だからこそ、深夜のファミレスに捧げるような物語の数々を読んでみたい。
小説、エッセイ、俳句、短歌、ポエムなど…。脚本家、小説家、お笑い芸人、その他深夜のファミレスにいた人たちに書いてもらったものを読みたい。
タイトルに『○○○○○ - デニーズ南平台店-』とか店名とかを付けてもらって。
これを読んだ出版関係の方、ぜひ実現してください。このアイデア使ってもらっていいです。(出版された暁には献本ください。)
なくなってしまい悲しいとつらつらと書いていた深夜のファミレスだが、すかいらーく系列では順次深夜営業を再開している。これは本当に嬉しいことだし、このまま他のチェーンも再開して欲しい。
文化は、いつの時代も夜からはじまる。
深夜のファミレスは、文化のゆりかごだ。