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チェロとヴィオラ・ダ・ガンバ

2021/11/13 「豊中まちなかクラシック」の一連の演奏会のひとつとして、同僚の渡邉弾楽くんとふたりで豊中市の西福寺で弾かせていただきました。

思ったよりプログラムが長くて(汗)、お話の時間を短縮する意味もあってプログラムについて少し書いて当日お配りした内容です。

noteに載せる必要は、ほんとうは、ないのかもしれないのですが、一年まえに弾楽くんと弾いて以来書くことが途絶えてしまっていたので、ちょっと「暖める」ような心持ちで投稿してみます。


【きょうのプログラムについて ~弦楽器のふたつのファミリー~】

ルネサンス期からヨーロッパ各地で広く用いられてきたヴィオール属(ヴィオラ・ダ・ガンバの仲間)ですが、最終的には18世紀後半にかけて、ほとんどすべての席を、あとから台頭してきたヴァイオリン属に譲り渡すことになりました。時代が下るにつれて音楽の形式・形態が変わってきて、使われる楽器編成や、また楽器そのものの構造なども変わってきたのですね。

どちらも「人間の声に最も近い」と評された楽器ではありながら…チェロ(ヴァイオリン属)の輝く「黄金の音」と、歴史からほとんど姿を消してしまった「銀の鈴を転がすような」ヴィオラ・ダ・ガンバ(ヴィオール属)の音。きょうは、非常に対照的なそのふたつを並べたり混ぜたりしながら、17世紀から20世紀までの音楽をお聴きいただこうと思います。どうぞお楽しみくださいますように。

【F.J.ハイドン:バリトン2重奏曲 ト長調 Hob.XII:4(1770)】

この曲はチェロでもガンバでもなく、バリトンという楽器2本のために書かれました。バリトンはガンバから派生した楽器ですが今ではほとんど目にすることはないでしょう。ガンバと同じく6本ないし7本の弦を弓で弾きますが、それとは別にネックの後ろを通ってたくさんの共鳴弦が張られていて、独特な響きを持っています。またその共鳴弦を左手の親指で弾いて音を出すこともできる…不思議な仕掛けですね。

雇い主のエスターハーズィ侯がこの楽器を好んで演奏したので、ハイドンはバリトンを編成に含む室内楽を150曲以上も残しています。

【A.ヴィヴァルディ:チェロ・ソナタ ホ短調(1740)】

誰かが「ヴィヴァルディは600曲の協奏曲を作曲したのでなく、1曲を600回作曲したにすぎない」なんて言ったらしいのですが、とんでもない! ファンタジー溢れるメロディと、思わずこころ惹かれる和声やリズムのパターン(ときどきイレギュラーなので、かえって惹かれます)等々なんとも素敵で、我々はよく「ヴィヴァルディに禁じ手なし」などと言いながら、どんなアイディアで弾こうかと楽しくアタマをひねります。

「この曲はチェロを習い始めて最初の頃に、ほぼ必ず皆さん演奏する曲です。僕も小学生の頃この曲でコンクールに出ました(笑)。いま大人になって改めて弾くと、ホ短調の調性感、曲の構成など素晴らしいなと思うと同時に、とても勉強になる一曲です(渡邉)」

【T.ヒューム:「エア集 第1巻(1605)」より】

きょうのプログラムで一番年上なのは、16世紀後半に生まれたヒュームです。ヴァイオル(ガンバ)を弾く軍人だった(どちらが本業なのでしょう)ようで、「エア集」に含まれる150ほどの曲のうち「ヒューム大尉の…」と名づけられた曲が何曲かあります。その他ほとんどの曲に意味ありげなタイトルがつけられていますが、どんな寓意を含むのか含まないのか、想像を巡らせるのも楽しいものです。

きょう演奏するのは「世界で初めて弓の木のスティックの部分で弦を叩く指示が書かれた」曲だという説のある「聞け、聞け」。浮かんでくるさまざまな断片の合間に、決まって繰り返されるリフレインが印象的な「死」と、あっという間に駆け抜けるような「生」。そして少しロマンティックなタイトル「やさしくふれて」の4曲です。

【黛敏郎:「BUNRAKU〜無伴奏チェロのための」(1960)】

文楽(人形浄瑠璃)の太棹の三味線のインパクトの強さが、チェロのピチカートやバルトークピチカート(「バシッ」てやつです)等でたいへん印象的に表現されます。また、ときに雄弁に、ときに声をひそめて…さまざまな弓使いが、あたかも太夫の語りそのもののように聞こえてきます(スル・ポンティチェロ…駒のごく近くを弾く奏法なども見どころです)。そして曲は盛り上がって…!

「初演者の松下修也先生に高校の時に少し習っていた時期があり、一度だけ先生の演奏を聴いた事がありますが、その時は変な曲だなという印象しかありませんでした…」と話す渡邉くん。それから年を経て、きょうの演奏は皆さんにどんな印象を残すでしょうか。

【バルトーク.B:44のヴァイオリン二重奏曲(1931)より】

ヴァイオリンを習う子どものためにと委嘱されたバルトークは、ハンガリーやルーマニアその他たくさんの民族に伝わる民謡の旋律を集めて引用し、この曲集を書きました。現在では子どものみならずヴァイオリンのみならず、ヴァイオリンとヴィオラ・ヴィオラ2本・ヴァイオリンとチェロなどさまざまな組み合わせに編曲されて、おとなも演奏しています。

ガンバで弾いている演奏は私自身聴いたことがなかったのですが、旋律の素朴さ・和声のキャラクタの面白さ・2つの声部の対称の妙味など、チェロとガンバの組み合わせもなかなか面白いと思うのですが。

子守唄…何拍子なのかよく聞き取れないような揺らぎと、二人が異なる調子を弾いている揺らぎ。

婚礼の歌…独特な音階が、民族的な興趣。

枕踊り…いわゆる「ハンカチ落とし」のようにオニ(踊り手)が次々に交代するそうです。

おとぎ話…「もしも私がクジャクだったら、爽やかな朝に、清い湧き水を求めて、翼を羽ばたかせて、美しい羽根を散らすのに」…元の民謡の歌詞です。

蚊の踊り…羽音がずっと聞こえています。イライラします。怒っています。

悲嘆…とても苦しげです。元の歌詞を読むと、男が、来ない女性を待ち焦がれています。

ルテニアのコロメイカ…この曲のメロディは民謡由来ではなく、バルトークが作ったテーマです。コロメイカというダンスの軽快なリズムで、華やかな曲に。

【F.クンマー:6つのチェロ二重奏曲op.156(1870)より (アンコール)11月15日追記】

17世紀のもの(ヒューム)、18世紀のもの(ヴィヴァルディとハイドン)、そして20世紀のもの(黛とバルトーク)…今日のプログラムには19世紀の曲だけがありませんでしたので…

アンコールにクンマーのチェロ2重奏曲から、第5番 第1楽章を演奏しました。ヘンデルの「マカベウスのユダ」のテーマによる変奏、いわゆる「勇者は還る」、つまり表彰式の音楽としてお耳になじみもあると思います。

この曲を知ったのはもうずいぶん前のこと、黒沼俊夫先生が京都市立芸術大学(何と言われようが私にとっては「京都芸大」です)の教授を退官されるときに、記念の演奏会のプログラムの最初に、上村昇さんと河野文昭さんのお二人で演奏されました。それ以来ずっと印象に残っておりました。

【これから 11月15日追記】

弾楽くんと何度かリハーサルを重ねている間から、相当ありえないプログラミングにも関わらず、なかなか面白い音がすると感じておりました。

1回で終りにならずに、またできるといいなあ。