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リクルートの「お前はどうしたい?」の違和感を元アマゾン社員目線から分析してみた。

はじめに

私は先日、元リクルート出身の社長とそのチームと仕事をする機会がありました。そこで感じたのは、「なぜこんなに非効率なことをしているのか?」という強い違和感です。特に、「お前はどうしたい?」という問いかけが、私には責任の曖昧さやコミュニケーションの未熟さを含むものとして不適切に思えました。リクルート出身者たちが重視する挑戦や意識の高さは、アマゾン出身者にとってはしばしば無駄な努力に映り、価値観の違いから何度も衝突が生じました。

本記事では、「お前はどうしたい?」という言葉に対する違和感に焦点を当てます。両社の文化や働き方の違いを整理しながら、どのようにそれがストレスや不満を生むのか、そしてこのような問いかけがアマゾンの合理的な文化とどれほど相いれないかを具体的に分析していきます。


1. アマゾンとリクルートのカルチャーの違い

アマゾンは「データドリブン」な意思決定と「顧客中心主義」を重視し、全ての行動に明確な目的と成果が求められます。プロジェクトの進行はKPIに基づいて管理され、主観的な要素が入る余地はほとんどありません。合理的な判断が優先され、仕事に直結しない活動は敬遠されがちです。

一方、リクルートでは「自分で考え、自分で決断する」という主体性が評価されます。「お前はどうしたい?」という問いかけは、挑戦する姿勢を引き出すためのもので、行動を促す口癖のように使われます。とはいえ、このアプローチはアマゾンの文化とは大きく異なり、両者の価値観の違いが衝突の原因となります。


2. 「お前」という表現に潜む問題

お前」という言葉には、どこか子供っぽさ敬意の欠如が含まれます。アマゾンでは、すべての社員がプロフェッショナルとして扱われ、国籍・年齢・性別を問わず、敬意を持ったコミュニケーションが求められます。私の部署では、基本的に敬語が当たり前で、相手に対する配慮が重んじられていました。

  • アマゾン社員:「敬意がない指示はモチベーションを下げる」

  • 「お前」という言葉には、馴れ馴れしさや命令口調が感じられる

このような表現は、相手に対するリスペクトの欠如と捉えられ、ビジネスの場には不適切です。結果として、「お前ならどうする?」という問いかけが軽率なコミュニケーションと受け取られ、アマゾン出身者の反感を買うことが多いのです。


3. 責任の丸投げ感

お前はどうしたい?」という問いは、一見、部下の自主性を促すように見えますが、実際には責任の丸投げと感じられる場合があります。アマゾンでは、プロジェクトごとに責任の所在が明確に決められており、上司は部下に判断を促すのではなく、具体的な材料を提供することが求められます。

  • アマゾン社員:「責任を持つべき立場の人が、自分で決断すべき」

  • 「どうする?」という問いかけは、指示の放棄と見なされる

アマゾンでは、すべての判断はデータと論理に基づいて行われます。そのため、「感覚的に考えろ」といった指示は混乱を招き、合理的な判断を妨げると見なされます。


4. 「挑戦そのもの」を重視する文化への違和感

リクルートの文化では、挑戦自体に意義があるとされ、結果が伴わなくても評価されることがあります。しかし、アマゾンでは結果がすべてであり、プロセスは評価の対象になりません。無駄な挑戦や努力は避けるべきものとされています。

  • アマゾン社員:「成功する見込みが低い挑戦には意味がない」

  • リクルート社員:「挑戦自体に価値がある」

このような文化の違いから、アマゾン社員はリクルートの取り組みを無駄な努力と感じ、非効率と判断する傾向にあります。


5. 主観的な判断への抵抗

アマゾンでは、意思決定は常にデータや事実に基づいて行われます。「お前ならどうする?」という問いは、主観的な判断を求めるものであり、これがアマゾン出身者には不合理に映ります。

  • アマゾン社員:「データがないのに、どう判断しろというのか?」

  • リクルート社員:「まずは自分の感覚で考えることが大事」

アマゾンでは、感覚に頼った判断はリスクと見なされます。したがって、主観的な問いかけは無用なストレスを生む原因となります。


6. 意識の高さを押し付けることの弊害

「お前はどうしたい?」という問いには、リクルートの「意識の高さ」が反映されています。しかし、アマゾンでは成果がすべてであり、過度な意識の高さは不要とされます。

  • アマゾン社員:「結果に直結しない意識の高さは無意味」

  • リクルート社員:「仕事も遊びも全力で取り組むべき」

この違いが、私のようなアマゾン出身者には押し付けがましく感じられ、ストレスの原因となります。


7. まとめ:「お前はどうしたい?」の問題点

「お前はどうしたい?」という問いは、アマゾンの文化には適合しない要素を多く含んでいます。まず、「お前」という表現はビジネスの場にはふさわしくない子供っぽさを感じさせ、相手への敬意を欠いたコミュニケーションです。また、責任の所在が不明確な状態で判断を求めることも、アマゾンの合理的な文化では避けられます。

さらに、主観的な判断を促す問いかけは、データに基づく意思決定を重んじるアマゾンの文化と合わず、余計な精神的負担を生むだけです。こうした問いは、無意味な努力や過剰な意識の高さを強要する結果となり、アマゾン社員にとっては非効率で不快なものとなります。


最後に

結論として、「お前はどうしたい?」という問いは、私にはストレスの要因となり、合理的な仕事の進め方と相いれません。お互いの文化が根本的に異なるため、無理に歩み寄ろうとするより、自分に合った価値観のもとで働くことが重要です。

初めてリクルート出身者と仕事をしましたが、今後も自分の価値観や働き方に合った環境で働き、合理的な判断と敬意を持ったコミュニケーションを重視して、充実したキャリアを築いていきたいと考えています。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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