【密着取材】猪咬み止め谷落とし 〜 猪犬と歩く猪単独猟
山梨県は富士山を臨む山中湖。その湖畔に暮らす猪猟師、羽田健志さんの猪狩り、猪犬を連れた猪単独猟に同行した。近年、各地の狩猟イベントで講演を務める羽田さんの、会場では語られることのない実猟の姿を追った。
取材・文・写真|佐茂規彦
犬で猪と勝負する
羽田さんは主に本川系四国犬(以下「本川犬」)を好んで使い、それをベースに繁殖させている。本川犬とは、四国犬の一系統であり高知県本川村を発祥とする。
「本川の犬は訓練所でも山でも同じ動きで、(猟)芸は安定してる。鳴きも咬みもあるし、猪にやられて潰れてしまう犬も滅多にいない」
本川犬のほかは紀州系の和犬、そして実猟家では珍しくアラスカのエスキモー、マラミュート族の労働犬を祖とするアラスカン・マラミュート、それらを掛け合わせた自家繁殖犬を使う。
常時、数多くの犬を飼育しているが、単独猟に連れて行くのは山で主人とのコンタクトが良く、1頭でも猪と「勝負」できる犬に限られる。多くの犬を放しても、バラけてしまえば数の優位性は失われるからだ。
「猪を起こすときは1対1の勝負。1匹で勝負できる犬だけ連れて行く」
羽田さんは「勝負」という言葉をよく使う。地形や相手となる猪を読み、獲るための犬を選び、自分一人と犬だけで猪に挑む。勝つときもあれば負けるときもある。
1番は「犬」2番は「意地と根性」
羽田さんは犬とともに斜面を駆け上がって行く。取材のためにピタリと着いて行こうと思うが、こちらが中段まで上がるころには、息も乱れない涼しい顔で尾根の上に立ち、GPS受信機の画面を見ながら犬の位置を確認している。
羽田さんの体格は小柄で細身。身軽であるということは渉猟には有利だが、この足の速さの秘訣はそれだけではないはずだ。
「村のベテラン猟師も足が達者で、若手から『なんでそんなに速く歩けるんですか?』って聞かれてる。
そしたら『バカヤロウ、誰だって足はダルいんだよ、根性で歩いてんだ』って答えてる。俺も聞かれたら同じ答えだよ」
狩猟の格言に「一犬、二足、三鉄砲」とあるが、羽田さんの場合、2番は「根性」。それに「自分自身との闘いに負けたくない」という「意地」が加わる。
「生まれつき山で足の速い猟師はいない」という羽田さんの言葉を全国の若手狩猟者にぜひ贈りたいと思う。
猟師とケンカはしない
尾根の途中で、それまでノーリードで捜索させていた銀牙をつないで歩き出した。
「この尾根の向こう側は、ほかの猟隊との取り決めで俺は犬を掛けないことになってる。だから犬をつないで通り過ぎることにしてる。山で誰が見てるわけでもないけど、それがルール」
羽田さんは鉄砲を持って猟を始めたころは、若造に猟場を荒らされると思ったベテラン猟師から、山でたくさんの嫌がらせを受けた。
既存のグループに属さない者はつまはじきにされる。当時の閉鎖的な狩猟の世界では珍しくないことだった。
車に悪戯されることは日常茶飯事、「お前の犬を山で見かけたら殺す」とまで言ってくる者もいた。
しかし、他の猟師とケンカはしないと心に決めていた。争ったところで同じ地元の人間同士、逃げ場はなく、何より山で猟がしたかっただけだからだ。
「皆が欲しがるような良い猪犬を作ってやろうと思った。だから犬を作って、猪を獲った」
羽田さんは自ら猪犬を作出し、その犬で猪を獲り続けた。犬を作り、犬で獲っていると聞けば、他の猟隊の勢子の見る目も変わった。
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