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東条英機の人生から学ぶこと
先週、『東條英機 「独裁者」を演じた男』(一ノ瀬俊也著、文春新書)を読みました。本書は、太平洋戦争開戦時の首相であり、敗戦後の東京裁判でA級戦犯として裁かれ、絞首刑となった東条英機の生涯を振り返る一冊です。
「日本を破滅の淵に追い込んだ首相」として、東条英機はともするとタブー視されがちな存在です。しかし、その人生を詳しく見ていくと、現代の私たちも陥りかねない失敗をした人物として、多くの教訓を得ることができるのではないでしょうか。
東条英機と聞くと、「日米の国力差を無視し、精神論でアメリカに勝てると考えた人物」というイメージを持つ方も多いかもしれません。しかし、実際の東条は、戦争の勝敗を国力が決めるという「総力戦」の概念や、航空戦への移行など、当時としては先進的な考えを持っていた人物でした。
それでは、なぜそのような人物が、結果として国力を無視した戦争の決定を主導する立場になってしまったのか。
大きな要因として、東条は陸軍として長年中国と戦い続けてきた経緯から、アメリカが戦争回避の条件として提示した「中国からの撤退」を自ら言い出すことができなかったことが挙げられます。
東条自身は内心、昭和天皇や海軍がアメリカとの戦争に反対することを望んでいたような言動を残しています。しかし、海軍も自組織の権益確保を優先し、戦争を強く反対することはありませんでした。さらに昭和天皇も戦争を容認したため、最終的に東条は開戦を決断せざるを得ない状況に追い込まれてしまったのです。
結果として、東条はアメリカとの戦争が日本にとって破滅的な結末をもたらす可能性が高いことを知りながら、自組織の体面や権益を守るために決断を下したと捉えることもできます。
このように、重大な結果を招くと分かっていながらも、自組織の利益を守るためにあえて目をつぶる――これは、歴史上の出来事に限らず、現代の社会やビジネスの世界でも起こりうることです。東条英機の人生は、その危険性と、その決断がもたらす罪の重さを私たちに強く訴えかけているように思います。