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母との時間 その1
母の独居をサポートしています。
このところ、週2日行くようになりました。
茅ケ崎から車で写真の川を渡って母の家へ~
この川から見る景色が好きです♬
私は子供のころは毎日この橋を渡って学校に通っていました。
いろんな思い出がある橋ですが、
母の家から帰るとき、
運よくこの景色に遭遇するときには
やった~!!!と思わず写真を撮ります。
こうして定期的に実家の母のところに通うようになったのは
母が電話詐欺にあってからです。
2016年9月7日 母からのヘルプの電話からでした!!!
めったに人に頼むことのない母から
変な人から電話があって・・・と。
夫と二人で駆けつけて
警察、郵便局、消費者センターなどにも連絡。
聞けばかなり全国的な被害が出ていたときでした。
母は一人で交番に行ってよくわからないなりに事情を話しても
そんな詐欺事件を知らない交番では対処の仕様がなかったのでしょう。
母もよく頑張ったなぁ~と。
インターネットやSNSなども知らない世代は
こういうトラブルは本当に大変だろうと感じました。
その時以来、母の記憶があいまいになってきて
市役所の方の勧めで介護認定を受けたらどうかと。
それ以来介護のサービスを利用するようになりました。
大好きだった洋裁も自らやめる決断をしたころと
時期が重なっています。
茶道をやめた時も膝を痛めたころでした。
母は緑内障があり、私には話しませんが、
見えづらくなってきたのかもしれません。
昭和を生きてきた母にとって
子供を育て夫を見送り人生のやるべきことを
淡々とやってきた母
私は小さい頃は弟にばかり手をかけている母に
見放された感じがして小学校の頃は
担任の先生にそれを伝えたこともありました。
伝えられた自分に驚きますが 汗
私は25の時に家を出て自活の道に入りました。
それ以来、遠くから見守ってくれている両親を感じていました。
今私が母のところに定期的に通うようになって
母との時間について改めて考えるようになりました。
考えれば母のことは知っているようで知らないかも・・・
母と父を一人の人として見るようになったのは
自分が結婚して子供を持ってからでしょう。
今から改めて母を友人のように感じながら
おんな二人が一緒に暮らした時間も含めて
新しい時間を一緒にささやかな仕合わせを感じていきたいと
毎回橋を渡るとき、
今日はどうだったろう?と富士山を眺めながら家路につきます。
これから母との時間についても書いてみようと思います。