雨散歩
降り出した雨は強さを増して、大きな雨粒を電車の窓に打ち付けていた。ついさっき駅までの道中に使っていた折り畳み傘も、思えば風に煽られて、ぐにゃぐにゃと姿を変えていた。最寄りの駅を降りれば、家までは
また、地味に長い散歩コースが待っている。
止まらない雨音を後ろ手に聞き流しながら、私はスマホの画面を眺めていた。
最寄り駅が近づくにつれ、電車を降りた後の面倒くささが増してゆく。
そうだ、タクシーを使おう!
脳裏によぎる天才的なアイディアにホクホクしながら、私はタクシー配車アプリをインストールした。
乗り降りの場所を登録し、配車できる車両を検索する。
一分待つ。見つからない。
また一分待つ。見つからない…。
下車する予定の駅名がアナウンスで流れ始める。
作戦失敗、私はタクシー作戦を諦めた。
駅を出て、自宅を目指して歩き始める。幸いにも風は弱まっていたが、雨は淡々と降り続ける一方だ。
さっきまで風に負けそうになっていた折り畳み傘を開く。一つため息をつきながら、駅前の通りを歩き始めた。
湿り気を帯びたマウンテンパーカーが、身体の体温を奪っていく。布地のスニーカーは全面に雨を浴びて濃い色に染まっている。水溜りと化した靴の中で、水に浸された靴下はもう、不快そのものだった。
無心で淡々と歩き続ける。
ラーメン屋の行列を見つけて、寒い日のラーメンは、きっと大層美味しいだろうな、とホッコリしはじめる。
近日オープン予定の居酒屋を見つけて、街にまたひとつ、新しい風が吹くのだなと嬉しくなる。
淡々と、意気揚々と、歩いていく。
すると何だか、身体があったまってくる感じがした。
寒くない。それだけで、出発時の億劫さが和らいでいく。
淡々と、辺りを見渡しながら、歩いていく。
一定のリズムを刻む雨音に、面白さを感じはじめた。
淡々と、雨風を浴びながら、歩いていく。
車が水溜りを踏みつけて、辺り一面にしぶきを飛ばす。この光景も、迫力があって、案外悪くないなと思う。
肌に打ち付ける雨達が、まるで遊園地のアトラクションみたいで、楽しくなってきた。
淡々と、雨の街を謳歌しながら、歩いていく。
家の前のナメクジさんに、雨が降り止む前に、お家にお帰り。と余計なお節介心で語りかけ、私は家の戸を開けた。
ただいま。
電気ケトルのスイッチを入れ、部屋のソファーに腰掛ける。
ふと窓の外に耳を済ますと、さっきより強くなった雨風の音が、豪快に響き渡っていた。
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