時計

ペンネーム Mr.K

時計を盗られたことがある。

彼はホストだった。
この話は彼がホストだから悪いことをしたという話では毛頭ない。
ホストにも人物はいたりするのだから。
ただ、事実として彼はホストであった。

彼とはちょっとしたことで知合いになった。
一緒に呑んで歩いたりしていたが、その日は喫茶店で待合わせて、
どうしたらNO.1になれるかなどのホスト界の裏話など聞きながら
お茶を飲んで談話していた。
「いい時計してるね。ちょっとさせてみて」と彼。
お、なかなかお目が高いな。と私は得意げな顔で時計を渡した。
彼はそれを腕にまき文字盤を見たりして、頷いていた。
二人でしばらく話を続けた後、彼は
「あ、用事があるので先に」と言って店を出て行った。
まもなく時計を渡したままであったことに気がつき、
電話を入れると彼は何事もなかったように受話器のむこうで言った。
「え、返したじゃん」

最近の若い人は時計をしなくなってきているらしい。
携帯電話の時計機能で事足りるからとのこと。
たしかにその機能においてはバッテリーが落ちない限り正確な時間を知ることができるので、
わざわざ時計を腕にまく必要性がないのだろう。
すると携帯電話の時計機能は懐中時計の感覚に近いのだろうか。
しかしなにか心さびしいものがある。
コンピュータ製品が時計の領域まで踏み込んできたようで。

かたや、時計を装飾品ととらえる向きの方たちもいて、
ダイヤをいくつも散りばめた豪華な時計などをすることで
その金持ち度合いを競っていたりする。
そこまではいかなくとも海外の高級ブランドを身につけ自慢げな人もいる。
そしてクラブなどに勤める女の方も、時計で客を値踏みするというから始末が悪い。

ある男が社長から言われた話、
「いいか、時計は自分の金で買え。その時計は自分の時を刻むのだから」
男に時計を買わせる女の方々、女に時計を買わせる男たちに聞かせたい話。
もちろん、かのホストにも。

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