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琴音の悲しみ

 大切な兄を失った妹の悲しみです。

 歯科助手の仕事の時に、私の携帯に宮本家の番号から電話がかかってきた。着信履歴を確認したところ、普通にはありえないくらい大量の不在着信があった。
「何なのこれ・・・!」
 宮本家から怖いくらい繰り返し電話があり、私も普通とは思えなかった。それでも、私も仕事も普通にしていた。
「また電話が来たわ。」
 仕事が終わった時も、また宮本家の番号から電話がかかってきた。
「琴音、母さんが迎えに行くから歯医者さんの前で待っているのよ。」
「私も歯科の前で待っているわね。」
 母さんから、迎えに行くから歯科の前で待つようにと指示された。思ったより時間がかからないで、母さんが迎えに来た。
「父さんもいるわ。」
「今から病院に行くんだ。」
 宮本家の自家用車には父さんもいた。父さんも私にも、今から病院に行くと言った。
「琴音、よく聞くのよ。」
 母さんは私に、よく聞くようにと言った。
「健太が交通事故で死んでしまったの・・・。」
 母さんは目を押さえて、健太兄さんが交通事故で亡くなったと言った。
「兄さん・・・!」
 私と響希をまとめてくれた健太が、元気で優しかった健太が、交通事故で若くして亡くなってしまった。
「バイクの事故だったの。被害者も加害者もいないわ。」
 母さんも健太がバイクの事故だったとも、健太以外には被害者も加害者もいないとも言った。
「琴音姉さん。」
「響希も菜月ちゃんもいるわ・・・。」
 父さんと母さんと私が病院に到着した時に、響希が私を呼んだ。菜月ちゃんも一緒に待っていた。
「菜月!」
「将人くん。」
 父さんか母さんのどちらかが連絡したのか、将人くんも駆けつけた。将人は私でも響希でもなく菜月を呼んだ。
「健太が事故で死んだって・・・。本当か。」
「信じられないわ・・・。」
 将人も冷静だった。菜月も健太が亡くなったという事態を信じられないでいた。
「こちらです。」
 暫く待ったが、私達は病院の霊安室に通された。
「兄さんが眠っているみたいだわ・・・。」
 顔に白い布をかぶせられた健太の亡骸は眠っているみたいで、亡くなっているとは私にも思えなかった。二度と私を呼んでくれない、この世の存在ではない健太に、私は感情を抑えられなくなった。
「にいさああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 私は健太の亡骸に縋りついて泣き崩れた。私も私自身でも、涙も感情も抑えられなかった。
「兄さん・・・。」
 響希も一言、二度と返事のない健太を呼ぶしかなかった。
「健太・・・。俺も嫌だぜ・・・。嘘だって言ってくれ・・・!」
 将人も健太の亡骸を見て、目を押さえて泣いた。
「全身に傷を負ったのね・・・。」
「酷い怪我だぜ・・・。」
「頭部を酷く打撲して、脳挫傷を起こしていました。全身にも骨折や外傷を負っています。」
 将人も菜月も医師も言うように、健太は顔面にも全身にも骨折や外傷を負っていた。一人前の男性ながら少年のような童顔に、酷い傷が刻まれていた。
「兄さん・・・!」
「琴音も皆も悲しいのよ。」
 泣きじゃくる私に、母さんも皆も悲しいと言った。健太が死んでしまうなんて、私も皆も悲しくてどうにもならない。
「琴音と良い男性が結ばれるのと、俺となつが結ばれるのとどっちが先だろうな。」
「私は何年先でも良いわ。兄さんと菜月ちゃんのお子さんを可愛がりたいわ。」
私も数日前にも、私と良い男性が結ばれるのと、健太と菜月ちゃんが結ばれるのとどっちが先かと話したこともあるのを思い出した。私もその時も私は何年先でも良いとも、健太と菜月ちゃんの息子さんや娘さんを可愛がりたいとも言った。だが、それも叶わなくなってしまった。
「将人くん・・・。」
「琴音、俺も悲しいぜ。琴音は事故に遭わないでくれ。」
 将人も私にも、事故に遭わないようにとも注意した。将人もそのくらいしか言えなかった。
「悲しいわ・・・。」
 家にいる時も、私はどうにもならない気持ちをぶつけるように、琴もピアノも強く弾いた。好きな音楽を楽器でも何曲も弾いたが、動画等でも何曲も聞いた。私は小さい頃から好きな音楽にも癒しを求めた。
「兄さんがいなくても、私は頑張らないとならないわ。」
 音楽でも気分転換をしたためか、次第に私も気持ちが落ち着いてきた。兄さんがいなくても悲しんでばかり、落ち込んでばかりいないで、私は頑張らないとならないとも思えた。


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