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恋人つなぎをして寝た夜

初めて、本気で娘を家から追い出しました。

これまでも、そんな態度を取るなら、お父さんと一緒に前の家へ帰れ!と言ったことはありましたが、本当に玄関から追い出して中から鍵をかけたのは初めてのことでした。

きっかけは些細なことです。

最近、何かこちらから話しかけても、行動には移すけれど、口に出して返事をすることが極端に減ったので、そのことを注意しました。

お友達にもそんなことをしていたら、嫌われてしまうよ?と言うと、学校では絶対にやってない。と、返してきました。

『絶対』と言う言葉を使うのは、心当たりがあるからだと思いました。

実際に娘は、私に反抗的な態度を取りながらも、思い当たる節があるかのように、動揺した表情を見せていました。

「そう。お友達にはしないのね?じゃあ、私にだけなの?それなら尚更不快な気持ちだわ」

だから?不快になるのはそっちの勝手でしょ?と言うようなことを言われたので、こちらが不快だと言っているのに、どうにかしようともしない人とは暮らせません。出て行ってください。に繋がった訳です。

「お父さんの許可がないから出て行けないもん!」と言うので、それならお父さんの帰りを待ちましょう。と、別々の部屋でそれぞれの時間を過ごしていました。


娘のこんな態度はいつものことで、いつもだったら出て行けとまでは発展しない話でした。
でも、この日は、流す訳にはいきませんでした。


その日の午後、私に用事があったSちゃんの母が、Sちゃんを連れてマンションの下まで来てくれました。

「ツムギも呼ぼうか?」

娘も部屋から出てきて、こどもはこどもで遊び始めました。

Sちゃん母とは、もはやママ友ではなく、親友となっていたので、ふたりのクラスの話、ふたりともが通うサッカーの話、さまざまな話が止まることなく出てきます。

その話の中で、とても気になることがありました。

移動教室から帰って来たSちゃんが、こんな大変な思いをするなら、夏休みのサッカー合宿には行きたくない。と言ったそうです。

原因はツムギでした。

5年生になってから、他のチームでサッカーをしていた同じクラスのKちゃんがツムギたちのチームに移籍して来ました。KちゃんとSちゃんは幼稚園からの幼なじみです。

今までも、Kちゃん、Sちゃん、ツムギで公園でサッカーをして遊んでいると言う話は聞いていましたので、それはよかったね。と、私は歓迎していました。
ところが、そこからツムギの嫉妬心に火がついてしまったようなのです。

そして、娘はその嫉妬心をあからさまに口にし、Sちゃんを困らせてしまっていたのです。

楽しみにしていた移動教室はせっかくSちゃんと同じ部屋になれたのに、バスでSちゃんとKちゃんが隣同士になったことにも深く嫉妬し、Sちゃんを間に寝ることにした時も、Kちゃんの方を向いて話すSちゃんに腹を立てていたのだそうです。

Sちゃんは今までも、幼稚なツムギのことを理解して、周りの子たちとうまくいくようにツムギの面倒を見てくれていました。
そのSちゃんが、まもなく限界を迎えようとしている。

娘がKちゃんとぶつかって打ちのめされようと、Sちゃんから見放されて孤立しようと、それはそれ、自分で蒔いた種であることを理解させて、気持ちを受け止めて、成長を促すことで乗り切ろうと思っていました。

けれど、娘のことでSちゃんが辛い思いをしているならば話は別です。

親である私たちが、娘の言動を変える努力をしなくてはいけないと思いました。


それが、家を追い出す理由にはならないかも知れませんし、正しい方法は他にたくさんあるのだと思います。

でも、自分の言動によって人を不快にさせてはいけないと言うことを、きっちりと教えていかなければ、娘は本当に居場所を失ってしまうと思いました。

Sちゃんの気持ちももちろんだけれど、やっぱり娘のことを心配してのことでした。


夫が帰宅したので、簡単に事情を説明して、娘と話をするようお願いしました。
ずいぶんと長い時間向き合ってくれましたが、娘が理解するには及ばず、夫はリビングに戻って来ました。

夫と娘の話の最後の方に、娘がルールを破って取り上げられたゲームを、ケイトが返してくれない!と、叫んでいたので、それなら充電器に戻してあるよ。見もしないで言わないでね。と訂正しに行きました。

抜いた刀を納められなかった娘は「手渡ししてくれないと返したことにはならない!」と、理不尽なことを言い出したので、自分で納められないなら、納めさせてやろうと、出て行けの続きを決行したのです。

私が力づくで玄関の外まで連れて行くと、夫が後ろから靴を放り出しました。
夫も、出て行け!と言うことで、娘に理解させたいことがあったはずです。


ガンガンガンガン玄関を乱暴に叩く娘。


部屋内では夫が、私に娘と話をするよう説得にかかっていました。

「ケイトが追い出したんだから、ケイトが迎えに行くべきだ。そうしないとツムギとの関係を修復することができなくなる。取り返しがつかなくなってもいいのか?」

夫はそう繰り返しましたが、私は首を縦には振りませんでした。

「迎えに行くのはお父さんだよ。ツムギはお父さんを待っているんだよ」

私は悪者になったっていい。今、私が迎えに行ったら、お父さんは助けてくれなかったと言う思いが残るはずだと考えてのことでした。

「感情的になるなよ。さっきツムギを追い出したとき、荒々しく息をしていたじゃないか」

夫は言いましたが、寧ろ私は冷静でした。

確かに、力一杯娘と戦っていたので、呼吸は肩が揺れるほど荒くなっていましたが、それと同時に私は震えていました。
あの震えを何と表現したらよいのか今でもわかりませんが、きっと、本当はこんなことをしたいのではない。それでも、娘の心を揺さぶるには、あらゆる方法を試してみるしかない。不安に張り裂けそうな気持ちが、震えとして表面化したのではないかと思います。


結局夫が折れて娘を家に入れました。

もう一度ふたりで大切なことをおさらいしていました。

確認が終わると、私が強引に横になっていた寝室までふたりでやって来ました。

「ツムギの居場所はここだよ」

玄関先で夫が言っていたことを繰り返すと、娘は嬉しそうに私の胸に飛び込んで来ました。

何から話そうか…と思った矢先に、私のお腹が鳴って、みんなで笑ってしまいました。

「遅くなってしまったし、夕飯食べて寝るか。ツムギ、今日は3人で寝るか?」

私も反対はしませんでした。

娘のことは先に寝かせて、やれやれと、大人の反省会を開きました。

ベッドに戻って来たころには、娘はスヤスヤと寝ていましたが、私たちが布団に入り込む音で、一瞬目を覚ましたようでした。

左手で娘の手を握ろうとして、娘と私は自然に恋人繋ぎをしていました。

娘は引き続きスヤスヤと寝ていたけれど、娘の右手は時折、強い力で握り返してきました。


小学生にしては大きな手だと思っていましたが、当たり前ですけれど、夫の手よりは遥かに小さかった。

取り返しがつかない状況にはならなかったよ。

親としての自覚が芽生えた夜でした。

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