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昭和の女
「ツムギ最近、お手伝いが楽しくなってきた」
久しぶりに一緒に夕飯の支度をしているとき、ツムギにそう言われたので、「いつまでも、お手伝いって感覚でいるのやめてくれないかな?」と返しました。
小学校の宿題でも『家の手伝い』が出るので、家事を協力してやるという意味合いで使っていることはわかるのですけれど、私の感覚でいくと、『手伝い』って、『あなたの仕事を手伝います』と言われているように感じるのです。
「ツムギさん、確かに、貴女たちがこの家に来たときは、ツムギさんは前の家でお家のことはおばあちゃんが何でもやってくれたんだと思ったし、この家のこともわからないだろうから、『手伝ってね』って言い方をしたけれど、もう4年にもなろうとしているのよ。そろそろ、家事はみんなで協力してやるものって、考え方を変えてもらえないかしら?」
最近、素直になってきたツムギは、それほど反論することなく聞いてくれます。
「ツムギさんが家事やるのがめんどくさくて、ご飯できたら呼んでもらって、食べたらごちそうさまで済んで、洗濯も、明日も部活あるのね、体操着洗っておくわね、ってやってほしいなら、私、仕事辞めて専業主婦やるわ。そしたら、ツムギさんの欲しいもの買ってあげられなくなっちゃうし、スマホのお金も払えなくなるかもしれないけど、いい?」
そう聞くとツムギは、「仕事辞めないで!」を選びました。
「じゃあ、家事はできる人が一緒にやろうね」
そんな話をした翌日、そんなような話を再度していたときに、ツムギが耳を疑うようなことを教えてくれました。
「おばあちゃんは昭和の人だからね。なんだったか、話の流れで、洗濯は気づいた人がやってるよ、って言ったら、『お父さんも?』って驚いてた。信じられないというような顔をして、『洗濯はケイトさんの仕事じゃないの?』って言ってたよ」と。
心底呆れました。
ツムギがまだ3歳の時に出会った夫と私は、すぐにでも家族になろうかというほど意気投合していたのに、私は義母に会うこともないまま、一方的に交際を反対されたのでした。
それから私は一度もツムギに会わせてもらえることなく、夫とは、コソコソとまるで悪いことをしているかのように隠れて会い、もう、ツムギが独立するまではこのままの関係なんだと割り切って付き合っていました。
義母曰く、ツムギは誰が育てても難しい子だそうで、成長するにつれ、反抗的な態度に体力も気力も奪われ、義母の方が参ってしまいそうだと、義父も夫も義母に手を焼いていて、もう、限界だというタイミングで、ツムギは私の家にきたのです。
これから思春期真っ盛りのこのタイミングで??
あれだけ反対していたのに??
だけど、そんなことを言っていても、誰のためにもならないし、過去の感情は一旦水に流して、私は快く、二人を迎え入れたつもりでした。
『ツムギの大変さは一番よくわかっていますからね。ケイトさん、何かあったらいつでも相談してね。本当の娘ができたみたいで嬉しいわ』
私はその言葉をありがたく、その通りに受け取りました。
ツムギは、確かに難しい子だったけれど、向き合って向き合って向き合っていくうちに、少しずつ本来の素直なツムギを取り戻しているように見えました。
それも、義母に言わせると、『ツムギの成長』のひと言で片付けられてしまいます。
感謝をしてくれとは言わないけれど、私の状況や感情など、まるで無視されているような言動の数々に、私は徐々に…いや、急激にかな、義母と距離を取り始めました。
私も昭和の女ですから、平成ママたちの感覚とはズレているところもあるかも知れません。
けれども、専業主婦の家庭に生まれ、社会人になったばかりの頃には、まだ、腰掛けだの、クリスマスケーキだの、そんな言葉が残っている時代でした。
セクハラ当たり前、寿退社に憧れ、30歳を過ぎた女性はパートさんしかいなかったような世界から、少し上の先輩が社会での女性の地位を上げていってくださり、気づけば共働きが大半を占める世の中になっていました。
最初は、後輩の男性社員が「子供の卒業式と入学式があるので、その日は絶対休みます」と、繁忙期に有休を取ることに違和感を感じていたけれど、それもすぐに慣れ、男性上司でさえ、育休やら、時短やら、制度を利用するようになりました。
柔軟に、時代の流れに合わせながら、価値観を擦り合わせてきたつもりです。
『洗濯はケイトさんの仕事じゃないの?』
そんなことを言うならば、一人の稼ぎで家族を養えるような男に、自分の息子を育ててから言ってくださいよ。
そんなことを言うならば、いずれ、家事全般を引き受けて、家庭に入っても問題ないように、自分の孫娘に家事を教え込んでから言ってくださいよ。
私はツムギに言いました。
「おばあちゃんから見ると、私は、自分の息子に洗濯までさせる出来の悪い嫁なんだね。でも、私、そんな風に言われても、なんとも思わないから。ウチはウチ。私はみんなで協力し合って家事をして、空いた時間でみんなで遊ぶ家にしたいからね」
私にもきっと、古い価値観は大いに残っていると思います。
それでも、ツムギたちの世代に、そんな言葉を投げかけることのないぐらいには、ブラッシュアップしていきたいと思います。
昭和の女と一括りにされないよう、昭和の良きところだけ残せるよう。