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12月9日という記念日に想うこと

もうすぐ2024年が終わろうとしている。
「もう1年終わり!?早っ!」というような会話が至るところでされているだろうが、2、30代のそれが無自覚的に他人事であるのと違い、50代半ばともなると、それは自分の人生と照らし合わさずにはいられない、避けることの出来ない現実、自分事なのだ。

ここ数年、毎年のように「これまで経験したことのない猛暑」が訪れ、それは本来「秋」であった時季まで継続し、そして突然「冬」がやってくる。私の一番好きだった「秋」を感じることはめっきり少なくなった。
それでも朝起きて窓を開けた時のピリッとした空気感、日中の日向の暖かさ、紅葉、落ち葉、それが敷き詰められた路を歩く時のザクザクした感触、床に入る時のひんやりとした布団の心地良さ・・・、やっぱり秋が一番好きだ。

自分の人生を四季に例えると、初秋だろうか晩秋だろうか。ここ数年そんなことを考えるようになった。人生100年の時代、まだまだという人もいるだろうが、会社員というキャラクターとしての冒険はもう終わりが見えている。

私はこれまで特に大きな病気をしたことがなく、健康診断でも異常などなかったのだが、昨年からボロボロと欠陥が見つかり、そこから派生した眼の不調には今も悩まされている。治療のための薬の影響もあって体重が大幅に増え、身体に対する不安や思うように動けないという現実は、こんなにも気が滅入るものかと初めて感じた。
また、仕事もこの歳になって初めて関わる部署に異動になり、無力感、不安、恐怖・・・いろんなものがのしかかってきた。突然起き上がることが出来なくなり、数カ月の休職を余儀なくされた。
2024年は私にとって、突然やってきた「冬」だった。

若い頃に描いていたミドル世代=実りの秋のイメージとは程遠く、それまでに培われた知識や経験を活かし、美しい風景を眺めながらのんびり進むことなど出来なかった。
秋を楽しむどころか、突然冬すら終わってしまうのではないかという絶望感に襲われる夜もあった。

前置きが長くなってしまったが、12月9日はあるシンガーソングライターの歌を初めて聴いた(出会った)記念日だ。昨年2023年のことである。

音楽は大好きだったが自分で表現することには縁がなく、ただコロナ禍でギターを始めたことから、ずっとバンド活動を続けている弟に誘ってもらって初めて人前でギターを弾く日でもあったので、私は極度に緊張していた。
この日、その人はお客さんとして遊びに来てくれていたのだが、キャンセルになった演者さんがいたために、弟の無茶振りで2曲歌ってくれることになった。
第一印象は非常にチャーミングで、周りを和やかにしてくれる柔らかな雰囲気を感じ、「えー、何歌おうかな??」と話す彼女はとても可愛らしかった。

ところが、ステージに上がった彼女は別人だった。1曲目、歌が上手い、メロディが秀逸、歌詞は何かエロい(笑)、聴き入ってしまった。そして2曲目が始まった。

「丸裸」

涙が溢れた。理由はよくわからなかった。これが彼女の過去なのかフィクションなのかもわからない。でもこの日出会ったばかりの彼女の人生、本質、世界観を、私は一瞬で理解したような不思議な気持ちになったのだ。

他の同世代の人たちが無自覚に春や夏を過ごしている間、彼女が生きてきたのは真冬だった。外套も毛布も持たず、いつ命が絶えてもいいと思っていたことが容易に感じられる歌詞・・・。 

しかし、この日ステージで歌う彼女は間違いなく春を生きていた。音楽・歌を通して冬は終わり、力強い生命感を取り戻し、そこに命が芽吹いているのを私は感じた。
流れた涙を周りに気づかれないよう拭い、私は大きな拍手を送った。そして帰宅後、2024年に1年かけて挑戦するという、「毎月新曲配信ワンマンライブ」1月のチケットを購入した。

彼女は頑張り屋である。完璧にこなせないと嫌な性分なのだろう。そして自分が助けられた人や音楽への感謝を忘れず、受け取った恩は必ず返す、真面目すぎるくらい義理堅い人間だ。そしてミュージシャンはみんなそうなのだろうが、自分の想いを、歌を、多くの人に届けたいと強く願っている。ブッキングライブの共演者を(勝手に)事前にSNSで紹介しているのだが、少しでも興味を持ってもらおうと、もっと楽しんでもらおうと毎回欠かすことはない。
(今年一度だけ体調不良でそれが追いつかず、ひたすら謝る彼女を私は叱りました 笑)

この1年、結局配信ライブは全通し、生のステージも10回は観たはずだ。最高のライブもあれば、体調不良も含めて恐らく本人も納得していないだろうと思われるライブもあった。毎月発表した新曲も、これからスタンダードになりそうな超名曲もあれば、かなり難産だったのでは?と想像する曲もあった。彼女の生き様を1年かけて見届けた。完璧ではないが、それ故に感動的であった。

それでも私の2024年は「これまで経験したことのないような寒い冬」だった。ただ冬を何とか越せそうなのは、家族や友人の支えのほかに、彼女のおかげだと思っている。

2025年の誕生日、100人規模のワンマンライブが行われる。大丈夫だ、絶対に100名を集めて成功する。私は100枚目のチケットを購入するつもりであると、先日、本人に告げた。
「誰もいない」ではなく、彼女を祝福したい多くの人々で溢れたライブハウスで、「届け、届け」と歌う彼女を観て、恐らく私は今度は恥ずかしげもなく大粒の涙を流し、いつまでも拍手を続けるだろう。

2025年10月18日、この日はまだ残暑の名残があるのだろうか。それとも運動会の空気のように、秋晴れの心地良い陽気だろうか。
いずれにしてもシンガーソングライターとしての人生はまだまだ始まったばかりだ。失われていた彼女の春が、渋谷の坂を登った先のライブハウスから再び始まる。

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