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IKEA家具の中身はなぜ段ボール?〜デジタル技術の役割とその良さ

新しい本を出します。2015年に「融けるデザイン ハード✕ソフト✕ネット時代の新たな設計論」を出して以来、10年ぶりの本「超軽工業へ インタラクションデザインを超えて」を出版します。

今回はこの本について書いた背景や動機、またその内容について少しだけ紹介していきたいと思います。

デジタル技術は何を解決し
社会や世界をどのように良くしているのか

DX(デジタル・トランスフォーメーション)と呼ばれる時代です。多くの人がスマホを持ち、あらゆる問題解決や目的達成、もしくは娯楽のために利用し、何事もそれを前提とする社会へと移行しています。

たとえば、日本ではデジタル庁やマイナンバーカードなど利用が推進されています。ただし、一部の人にとっては「紙で十分」や「アナログでも問題ない」といった考えから、やや強引に進められている印象を受けることもあるでしょう。それでも、この力強い流れが生まれる背景には何があるのでしょうか?

こうした強い流れの一方で、デジタル技術が何を解決し、社会や世界をどのように良くしているのかが十分に共有されていないようにも感じられます。一部では『デジタル技術は生活を複雑にする』というネガティブな印象を持つ人もいます

他方では、デジタル技術は新しい技術としてや新しい表現可能性、優れた問題解決方法としてポジティブに捉える人もいることでしょう。

いずれの立場にしても「なぜデジタル技術を使うことが望ましく、デジタル技術は何を解決し社会や世界をどのように良くしているのか」と問われたとき、どう答えるかで、受け入れ方や発展のさせ方が変わってきます。

デジタル技術は何を目指している可能性があるのか
実はフィジカルでやってきたこと同じことを目指していて「フィジカルvsデジタル」は間違っている?

デジタル技術を使って望ましい未来を描く際、アナログとデジタル、フィジカルとデジタル、現実と仮想といった対比が障壁となる場合があります。もしくは、対比ではなくその「融合」として語られることもあるかと思います。

しかし、このフィジカルとデジタルの対比構造はもっと丁寧に考えなければなりませんし、そもそも対比することが間違っている可能性があります。融合もお互いの性質をよく理解する必要がありますし、なによりデジタルがそもそも何を目指しているのか、という点において対比、融合することが大事です。

そもそもデジタルvsフィジカルとしたとき、フィジカルを指し示すものは具体的に何なのでしょうか。それは明確ではありません。ただ漠然と、デジタル技術以外のもの、またはデジタル技術が生まれる以前の状態を指して対比しているだけの場合が多いのです。つまり、デジタルで表現された「それ」が「ただ嫌」「慣れてない」なだけだったりします。あまり深い洞察もないことも多いです。

そして、そもそもよく考えてみると、衣服や雑貨、建材など、我々が普段購入しているようなフィジカルなものでも、その多くは、かなりよく研究開発され、大量生産を可能にした材料と、大量生産による工法から作られた自然界には直接存在しない化学繊維・樹脂が用いられた特殊な物質、人工物です。自然から比べたら相当異質です。異質なものと付き合う点では人類はかつてから戦いの連続です。

また「大量生産」は、ゴミなどの問題からネガティブ・悪のように捉えられることもありますが、こうした人工化とその大量生産は、ある意味では人類の人口増加に伴い天然資源を直接的に大量利用してしまわないために行われる部分があります。たとえばあらゆるものを木材で作ろうとすれば、木の成長スピードに対して人類のニーズにうまく対応することは難しいわけです。できるだけ多くの人々の生活を手頃な価格で豊かにするべく、さまざまな工夫、代替手段を探っているわけです。

そして、その点から考えるとフィジカルもデジタルも同じであるといえます。

IKEAの家具の中身はなぜ段ボールなのか?
表面と中身が分けられた設計

たとえば、あなたが住んでいる部屋は、デジタルと比べ『フィジカルでリアルだ!』と感じるかもしれません。しかし、現実世界でありながら、その多くは加工された人工物に囲まれた『フェイク的な世界』でもあります。

というのは、多くの壁紙は、テクスチャがデザインされたビニール製の壁紙だったり、家具は木材を使っていても、合板です。無垢(中身も同じ木から切り出した素材)ではありません。一般的な家庭で使われるような木材は合板と呼ばれ、表面に木目や模様などを印刷した紙やシートを貼り付けた建材です。印刷以外にも、表面だけに0.2mm程度の天然木材を貼り付けるといったことで、見た目と手触りも本物にするといったものもあります。いずれにせよ、人を騙しているとも言えますし、うまい工夫とも言えます。こうした加工は品質が高まり、わたしたちはそれをほとんどポジティブに受け入れて利用している状況です。

たとえば、IKEAの製品は買いやすい価格とデザインが魅力ですが、下のコーヒーテーブルの中身は段ボールのような構造で、紙でできています。

IKEA公式サイトhttps://www.ikea.com/jp/ja/p/lack-coffee-table-white-00361228/ より
ここではIKEA家具を具体例として挙げていますが、木材加工全体を単純化しているわけではありません。この段ボール構造は、特定の目的やコスト削減の工夫を象徴的に示した一例です。

なぜ表面と中身を分けるのか?

では、なぜ表面だけ本物に見せ中身を別のものにする必要があり、その加工手法が発展したのでしょうか。それは先ほども触れましたが、本物の木材を使ってしまっては世界人口を満足させるだけの木材が足りなくなり、たとえば必要な家具が入手できなくなります。そこで合板などの木材の加工方法を利用することによって、大量に生産可能かつ低価格で多くの人に供給可能とすることができるようになります。

「表面」は人の知覚にとっての本質

そして重要なことは人間がリアリティの良し悪しを判断する知覚「表面、サーフェイスにある」ということです。

これは生態心理学を提唱した知覚心理学者J.J.Gibsonが言う人間の視覚世界が、サブスタンス(物質)、ミディアム(媒質)、サーフェイス(表面)でできており、特に人間の視覚にとってはサーフェイスが大事であることを述べています。これは建材やプロダクトにおいてサーフェイスを分離しその品質の向上を目指したことは人間のリアリティの感じ方と一致するところがあります。

デジタルは、中身なしに表面・サーフェイスだけを作れる

さて、その視点から私達が使うスマホやパソコンについて考えてみましょう。これらは画面(ドット、ピクセル)でつくられていて、見ているものはすべてコンピュータグラフィックス(CG)です。

そして、これらCGの特徴は球体のような立体的な表現であってもサブスタンス(物質、中身)を必要とせず、それは「サーフェイスので実現する点」が特徴です。物理世界は人間の視覚がサーフェイスが重要といっても、サーフェイスだけをつくるわけにはいかずそれを支えるためにどうしてもサブスタンス(物質・中身)がなくてはなりません。

サーフェイスだけをどうにかして、省力化したい欲望は物質もデジタルも一致している

合板から考えれば、CGはずるいほどに究極です。サブスタンス・中身が不要です。私たちが気にするリアリティ、質であるサーフェイスだけを描画できてしまうのです。

このように考えると、物質、人工物でやろうとしてきたこととデジタルはその究極発展型で連続性があることがわかります。つまり、私たちは天然資源をそのまま、無垢に利用することは困難である資源上の課題から、なんとか資源利用を最小化しながらも、人々の欲望に応える、満足させようとするわけです。いわば、欲望処理の最適化なのです。

デジタル技術は持続可能な欲望処理の最適化である

こうして欲望処理の最適化という点から捉えると、フィジカルvsデジタルの対比議論は筋が悪いものです。人工化の歴史や流れを踏まえれば、デジタルがいかに人間の欲望に対して効率的な方法であるかがわかります。時間がかかっているとはいえ、人間の知覚的性質を設計に取り入れ、物質世界の人工物の工法を工夫し、質を高めてきたのですから、こうした欲望の最適化の先端としてデジタル技術を捉えてみることが大事です。

しかも、私たちの社会はSDGsといった持続可能性が問われています。そのことを考えれば、持続可能な欲望処理の手段として、デジタル技術は人類にとって非常に有望であると言えます。

そう考えると、フィジカルvsデジタルは本当に良くない視点で、というのはフィジカルが好きな人、フィジカルの質感や体験のエッセンスをよく知る人こそデジタル世界に貢献できる可能性を持ち、参入して欲しいからです。フィジカルとデジタルを対比、もしくは戦わせしまってはその流れが作れません。

さて、表題のデジタル技術は世界の何を解決しどう良くする役割があるのか、ということに対して、端的に答えるならば、「これまでの人工化の歴史を踏まえれば、デジタル技術は人類の持続可能な欲望処理を実現するうえでもっとも良い方法だから」というわけです。

こう考えると、わざわざHMD被って視覚覆い、VRやメタバース、という未来を夢見ること理由も少し腑に落ちるところはあるのではないでしょうか。

「超軽工業」という言葉

そして、この欲望処理の最適化としてのデジタル技術を用いて人間の知覚に合わせる工法こそが、質量ゼロのものづくりです。これを単なる情報技術として異種扱いするのではなく、産業革命以降の『軽工業』『重工業』といった重さによる分類の中に位置づけたいのです。そして、その延長として『質量ゼロのものづくり』を『超軽工業』と提唱したいと考えます。このことがタイトルとなっています。

本の中ではさらにその「最適化」の未来についての手法、たとえば、exUIというユーザインタフェースをハードプロダクトから分離することにより、体験部分の最適化とものづくり部分の最適化を行う話などの具体的な事例まで書いています。
また、DXに対して、その結果フィジカル製品やフィジカルな世界ををどう取り扱っていくのか(フィジカル・トランスフォーメーションPX)について提案し考察しています。

イベントやります!

今回出版にあたりイベント第一弾として、1月11日(土)、東京、明治大学中野キャンパスにてイベントを実施します!

ぜひ、参加登録をお待ちしております。

【新著】「超軽工業 インタラクションデザインを超えて」は2025年1月23日販売

目次


序章 デジタルであるということはどういうことか
 パソコンの登場とデジタルの受容
 「デザイナー」の台頭
 なぜデジタルは最強の人工物、方法なのか
 デジタルとフィジカルのトランスフォーメーション

第1章 最強の人工物、スマホはどうよくできているのか
 1-1 スマホはどうよくできているのか
 1-2 パソコンは複雑すぎて使えない?
 1-3 iPhoneはどうよくできているのか

第2章 メタメディア時代のデザイン
 2-1 汎用性と専用性
 2-2 デザイン思考とソフトウェア
 2-3 ソフトウェアに求められる、より低次元の「実在のデザイン」

第3章 メタメディア性をあらゆるハードウェアへ 〜UIを外在化するexUI
 3-1 exUI
 3-2 metaBox
 3-3 ハードは汎用性を設計し、ソフトは専用性を設計するexUI

第4章 メタメディアと多様性のためのエコシステム
 4-1 メタメディアを支えるプラットフォーマー
 4-2 PDU構造
 4-3 プラットフォーマーの役割
 4-4 デベロッパーの重要性
 4-5 エバンジェリスト、DeVRel、カスタマーサクセス
 4-6 日本にほとんどない開発者会議
 4-7 ハッカソンがうまくいかない理由
 4-8 P/D/Uそれぞれが何をすべきか
 4-9 メタメディアを支えるPDU

第5章 未来のインタフェース、インタラクション
 5-1 意味を与えるメタファ
 5-2 身体性の回帰とインタラクションとその先
 5-3 身体性を超えて―新しいメタファ、新しいインタラクションの模索
 5-4 レゴブロックは創造的なのか想像的なのか
 5-5 想像世界、物理世界、デジタル世界
 5-6 想像、フィジカル、デジタル
 5-7 メタファとしての想像世界
 5-8 BCIと頭の中の身体性の可能性
 5-9 軽さへ

第6章 超軽工業へ 〜ウルトラライトインダストリー
 6-1 「つくる」ことの変容
 6-2 軽工業・重工業・超軽工業
 6-3 超軽工業とは何か―物理原理から知覚原理へ
 6-4 超軽工業の考え方1―サーフェイスの原理
 6-5 超軽工業の考え方2―インタラクションの原理
 6-6 超軽工業の考え方3―メタファの原理
 6-7 軽さと体験
 6-8 超軽工業のこれから

終章 我々がデジタル技術に希望と必要性を見出すのはなぜか
 DXPXする世界
 変わる物質のデザイン
 思想とデザイン
 DXPXと教育・職業・生活

ぜひ、参加登録をお待ちしております。

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