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【シンデレラボーイ】 Hitの理由分析レポート 〜 YouTube 今週の1曲 [No.5 - 24.09-02]

こんにちは!山本です。
今回は新シリーズ、
【SNSマーケティング視点から分析する優秀なYouTube MV】
を隔週更新します。

YouTubeでバズるMVには大きく2つのパターンが存在します。

1つがYouTube外の要因で伸びているもの。
もう1つがYouTube内でのスコアが高くオーガニックで伸びているもの。

今回の新シリーズでは後者に当てはまるMVの伸びている理由を分析・言語化することで、自分達のMVの再生数を伸ばすために使える知見を得よう!という事が主旨です。

"YouTuberら"が血眼になって研究していることからわかるように、YouTube内で自然に再生数を伸ばすためには幾つかの法則に則り動画を作る必要があります。
当然ですがその法則は通常の動画と同じくMVにもあるのです。

つまりバズる法則に当てはまるMVを作れば、
広告費を掛けず!外部流入を入れず!
自然発生的に再生数を伸ばすことも可能なのです。

勿論その法則は日々刻々と変化し、アカウントの状態や些細な外敵要因によっても左右されるので『法則通りに作れば確実にバズる』ような完璧なものは存在しません。
しかし無策で作るよりはバズる確率を大幅に上げる事ができる法則なら確実にあります。
それを実際にオーガニックでヒットしているMVを分析する事で見つけていこうと言う事が本レポートの趣旨です。

その新シリーズの記念すべき1曲目がSaucy Dog「シンデレラボーイ」です。

弊社では今まで数百のヒットMVを研究し、Hit理由を言語化してきました。
この知見に関しては日本トップレベルの深さである自負がございます。

その我々が全力で言語化したレポートです。
YouTubeでMVの再生数を高めたい方は是非最後までご覧ください!


本楽曲を取り上げる理由

2021年に大ヒットを記録したこの曲ですが、リリース当時、Saucy DogのYouTube登録者数は23万人程でした。YouTubeを中心にじわじわと注目を集めた本楽曲は、1年後にバンドを紅白歌合戦へと導きます。これほどの飛躍を生み出した楽曲の魅力とは?今回はその成功の理由を掘り下げます。

何故YouTubeオーガニックで伸びていると分かるのか?

まず本MVがYouTubeオーガニックを基軸に伸びているとなぜわかるのか簡単に解説します。

参考のために、まずはTikTokを見てみましょう。「シンデレラボーイ」の現時点まででのUGCの最大値は15.0k程度となっており、TikTok発のヒットと比べると有意に少ないです。
比較のために、この前分析レポートで取り上げた「はいよろこんで」と比較してみましょう。YouTubeにアップされたMVが1000万回再生された時点で、TikTokにおいてどれだけのUGCが存在したのか確認してみます。


  • 「シンデレラボーイ」3.5k

  • 「はいよろこんで」40.0k


「シンデレラボーイ」ではYouTubeの再生数がTikTokでの広がりに先んじてるような動きをしていることが分かります。さらに、本楽曲にはドラマや映画のタイアップもついていませんでした。

当然他にも可能性としては、spotifyやInstagramからの流入、YouTube広告を回したなどが挙げられますが、我々が分析する限り本楽曲はYouTubeで再生数を取る仕掛けの完成度が非常に高く、純粋にYouTubeのインプレッションクリックとエンゲージメントの高さで拡散されていった可能性が高いと見ています。

この記事では、その仕掛けについて詳細に解説していこうと思います。


視聴者ペルソナと拡大経路

MVについたコメントを追っていくと、女性に過去の恋愛を想起させる形で強い共感を生み出し、結果として拡散されていった楽曲であることが分かります。
もう少し分類すると、以下のような経路で広がっていった楽曲であると推測できます。時期別に、代表的なコメントを抜粋しました。


  • 女性コアファン(リリースから3日以内のコメントを抜粋)
    「死んで シンデレラボーイ ここでキレてる慎也くんのメンヘラ具合だいすき!!!」

  • コアファン周辺のバンド好き女子(リリースから3-4ヶ月程度の時期から抜粋)
    「ずっとおすすめに出てくるから毎日聴いてるんだけど、聴けば聴くほどハマるし泣けてくるし、saucy dogすごいなってあらためて思う」

  • 一般層(Mステ出演後から抜粋)
    「自分の境遇と重なって、歌詞が、絵が、刺さりすぎて痛いぃーもうちょっとだけ、見えないフリ、気づかないフリさせて、、ってほんとシンデレラボーイ天才的やわ。。」


これらのコメントの内容や文体、Saucy Dogやシンデレラボーイに関する各種SNSの反応から察するに、視聴者のマジョリティは「恋愛に対して救いや共感などを求める若年層女性」ではないか?と仮説立てられます。
(こちらは後ほどより詳細な分析をもとに解説します)
またその次点となるのが同様の欲求を持つ若年層男性や中高年女性でしょう。

しかしベースとなる視聴層であるコアファン(CHの以前からのファン)以外にもインプレッションを届けるためには、YouTubeの「おすすめ」や「関連する動画」へのレコメンドアルゴリズムに「拡散する価値のある動画」と認識してもらわなければなりません。

逆に言うと昨今のYouTubeアルゴリズムは大変優秀なので、コアファンのスコアがよく、それが外部に広がったとしても満足され続けられるならば(良いスコアが出続けるならば)指数関数的に広がり続けるという特徴を持っています。

本楽曲では、後述する要因によって、まずコアファンとその周辺層のエンゲージメントを高めることに成功しています。
結果、以前はコアファンでなかったとしても前述した欲求に共感する層へアルゴリズムによるインプレッションの機会が増加し視聴数をじわじわと高めた作品だったと推察しております。
またこのヒットが地上波での複数の露出機会の獲得に繋がったことからさらに一般層からの認知も取り込み、外部要因的な再生も増え現在に至るまで再生され続けていると考えられます。


コアファンとその周辺層のエンゲージメントを高めた要因

まず、本項ではエンゲージメントを「インプレッション(サムネイル)のクリック率」「視聴維持率」の2つの観点で考えようと思います。
アルゴリズムがなぜこの2観点を重要視するかは、本で例えると分かりやすいです。


インプレッション(サムネイル)のクリック率
インプレッションは本で言うところの「表紙」です。インプレッションのクリック率は、視聴者の目を引く「表紙」を提供できているかどうかのKPIと解釈できます。

視聴維持率
動画自体が、本で言うところの「内容」です。表紙が良くても、中身が伴ってなかったら途中で読むのを止めてしまいますよね。なので、「拡散する価値のある動画」と認識してもらうためには「内容」も重要そうです。視聴維持率は、視聴者が求めている情報に合致する「内容」を提供できているかどうかのKPIと解釈できます。


このふたつを満たしていると「拡散する価値のある動画」と言え、結果的にYouTubeのアルゴリズムに優遇される可能性が高いです。そのため、本記事では、この2つの観点から「シンデレラボーイ」がいかにして他楽曲との差別化を図っていたのか考察します。


サムネイル分析

最初に言っておくと何百枚と言うサムネイルを作ってきた僕の目から見ても
本楽曲のサムネイルはとてつもなく優秀だと感じています。

その理由を『視聴者がクリックしたくなるMVのサムネイルとは何か?』という視点でじっくり見ていきましょう。


認識段階の差とクリック率

YouTubeやTikTokで視聴者が行なっていることは暇つぶしであって、何か目的があってスクロールをし続けているわけではないことが多いです。そのため、「感情を動かす」ということ自体がクリックに繋がります。

感情を動かす方向は、恐怖・悲しみ・共感・興味・幸福感等、どの方向でも良いのですが、その時視聴者が欲している感情とマッチすればクリックに繋がります。

サムネイルを見てからクリックするまでの時間は平均1秒以下程度であると言われています。その間に視聴者の感情を揺らすことができればクリックされるし、そうでなければスクロールされてしまいます。まずは、「シンデレラボーイ」のサムネイルがどのように視聴者心理に作用しているのか、考えていきましょう。

皆さんぱっと見で何を思いましたか?

当社チームで実際に協力者を募って調査したところ、人によって認識している事柄に大きく開きがあることが分かりました。その事実を下の表にまとめてみました。

認識段階1の人は、単にサムネイル画像から直接的に読み取れることのみを認識できている状態です。今回で言えば「女の子が泣いている」ことまでは認識していない人たちです。この段階では、視聴者にはなんの感情も生じていません。

認識段階2の人は、構図の認識をした上で、「外で女の子が泣いている」というシチュエーションを正しく推測し、認識している人たちです。この認識段階においては、一部の人は「どうして泣いているんだろう?」と興味を持ってくれます。クリック率が多少生じている状態と言えます。

認識段階3の人は、構図とシチュエーションを認識した上で、自分の過去の記憶を思い出して「共感」にまで至っている人です。この段階にまで至るとかなりクリック率は高くなりますが、視聴者の人生体験の中に親和性が高いものがある場合にしかこの段階には到達できないと考えられます。

認識段階2以上にならないと、視聴者の感情に動きを与えられない(≒インプレッションのクリックには繋がらない)のが上記表より分かると思います。例えば、Aさんが過去にMVのような辛い恋愛経験を持っていて、潜在的にファンになりうる人だったとしても、サムネイルが分かりにくく、認識段階が1のままだとそもそも動画を見てくれませんよね。これは大きな機会損失です。つまり、「サムネイルが持っている情報を短時間で視聴者に認識してもらう」というのが、クリック率を高めるためのひとつの解になりそうだと分かります。

我々は、「シンデレラボーイ」のサムネは「サムネの認識段階を高める」ことにおいて良い作用をしていたのではないかと推測しています。

では、サムネイルのどういった要素が認識段階を高めているのかをさらに考察していきたいと思います。


他サムネイルと比較された時の本サムネイル

まず、「シンデレラボーイ」がリリースされた2021年のヒット曲プレイリストのスクリーンショットを見てみましょう。当時、インプレッションが拡散されていったときには、まさにこんな並びの中にシンデレラボーイも入っていたのではないかと推測します。

どのサムネイルも工夫が凝らされており、人によって目を惹くものは異なると思いますが、「シンデレラボーイ」のサムネイルは独特な立ち位置にいると思いませんか?表現方法と彩度でサムネイルを分類してみましょう。

サムネイル全体での彩度の比較

先ほどの一覧を見ると、実写かつ彩度の高いサムネイルが多いことがわかると思います。派手な絵にして目を惹けば、たしかに目には留まりやすくなりますもんね。
一方、「シンデレラボーイ」のサムネイルは、アニメ調で、かつ彩度の低いものになっており、サムネイルの作り方としては少数派に分類されます。このサムネの作り方は、当時の競合環境の中で3つの効果を引き出していると考えています。


  1. 少数派な方針を選択したことで一覧で見たときに埋もれにくくなっている

  2. アニメ調、かつ漫画のひとコマを切り取ったかのような書き込みの少ない絵となっており、暗に物語形式であることを視聴者に認識させている

  3. 彩度の低い、暗いトーンの絵にすることによって、暗に悲しい物語であることを視聴者に認識させている


1点目の効果は、認識段階を0から1に引き上げ、2点目・3点目の効果は、認識段階を1から2に引き上げることに寄与していると考えられそうです。暗に伝えられている、というのは非常に重要で、視聴者はこの絵を見た瞬間に、言語を介在することなく、当たり前のようにそれを期待することになります。

つまり、「MVにおいて物語形式で悲劇が起こる」ことを一瞬で視聴者に理解させ、興味 or 共感の感情を引き出すことに成功しているのです。


ここまで来れば、上記サムネイルが提供するコンセプトに反応したであろう視聴者のペルソナも大体想像ができます。


  • 浮気された経験があり、「可哀想な私」という文脈を持っている(一番重要な要素。コメント欄を見ると、結果としてこの文脈を持った視聴者がかなり多く存在していたことがわかります)

  • Xで流れてくる「手軽に感傷に浸れる10p漫画」を思わずクリックしてしまうような、2次元ショートストーリーの文化に触れている層(作画のテイストもそこの層が好みそうなものになっていますね)

  • こういった恋愛ポストが大好物

  • 主に女性


まとめて言語化すると「タイパよく、自身の経験と親和性のある切ない恋バナで、感情を揺らしたい、20代女性」というところでしょうか。ここがターゲット視聴者になっていそうです。

サムネイルをクリックするターゲット視聴者が共通して期待するのは、サムネイルから既に暗に認識させられている「物語形式で、傷つく女性を見て、共感をベースに感情が動くこと」です。
逆に、認識段階が2以上だったとしても、上記を期待しないような層はクリックしなかったであろうことも推測できます。

まとめると、プロモーションしたい楽曲を流行りの楽曲の中に並べた時に、相対的にどのように視聴者に見せるがが大事になります。当社では、プロモーションに最適なサムネイルというのは、マーケター視点で逐一しっかりと戦略を立てて方針を言語化する必要があると考えています。(そういった部分のお手伝いするのが当社の得意分野です!)


視聴維持率の分析

前述のように、シンデレラボーイでは、「物語形式で、傷つく女性を見て、共感をベースに感情が動くこと」をサムネイルで視聴者に期待させることでMVを見てもらう設計になっていました。
つまり動画を視聴する人とは即ち(一部再生リストで自動再生している人・ループ再生している人などを除けば)殆ど全員がサムネイルに何か期待しクリックした人であり、クリックした人としなかった人で「欲求のスクリーニング」が起こっていたとも言えます。

ここが分かってしまえば後は簡単で、クリックした期待をその通りに満たしつつ、欲求に対する答えを提示する流れでMVを作ってあげれば、視聴者の離脱を防ぐことができ、エンゲージメントが高まって更なるインプレッションをもらえることに繋がるわけです。

今回は、演出面と脚本面の両面から視聴維持率に対してポジティブに作用した要素を分析してみたいと思います。


脚本面の分析

MV視聴者の感情曲線を書いてみました。どのようにMVが視聴者の期待に応えているのか、脚本面での考察もしていきましょう。

まず1番の流れを感情曲線にしてまとめました。

まずはIntroから1番サビまでを見ていきます。横軸は時間を表し、MVが進めば進むほど横軸右方向に進みます。縦軸は視聴者の感情を表しています。強い共感や強い感情の昂り(怒り・悲しみ・ショック)が生じる時には上方向に、納得感や安心感が得られているところでは下方向にプロットをします。


①冒頭(0:00〜)

イントロが始まってすぐに、男女の同棲を匂わせる内容が描かれます。視聴者の期待は、「物語形式で女性が傷つけられて感情を動かされること」でしたね。なので、イントロでの提示内容は、「あなたの期待は間違っていませんよ」というメッセージの視聴者への提示になっていると考えられます。

これにより、「期待したものが見られそうだ。もう少し見てみよう。」となって視聴維持に繋げていると考えられます。
一般的にYouTubeの視聴離脱は冒頭が最も多く、サムネイルの期待が裏切られず回収される予感を提示する事が重要です。


②Verse〜Pre-chorus(0:11〜)

ここでは、「間接的な証拠から浮気に気づいているけど彼を失いたくないから何も言えない私」が描かれます。暗に上下関係があるようなカップルで、自分がこういう状況になったら、相当に感情が動きますよね。その感情を「辛い恋愛あるある」を提示する形で視聴者に想起させて、「私もそうだったなぁ」or「好きだったらそうなっちゃうよなぁ」という強い共感によって視聴者感情を動かしているパートになります。この段階で視聴者の期待が少しずつ満たされていきます。

この「辛くて我慢しているけど爆発するほどじゃない」という感情をここで取り上げているのが秀逸です。これは、離脱を防止する程度に視聴者を満足させつつも、もう少し強い動きをこの後に期待させる程度の感情の揺さぶりとなっており、かなり強力に視聴者の離脱を防ぐことができているのではないかと思います。視聴者は「もう少し欲しいなぁ」と思いながら視聴を続けます。


また、このパートでサビで回収される大きな伏線が貼られます。この時点では、単に「買い物を一緒に楽しんでくれない彼氏」の提示となっており、これもひとつの共感を呼ぶあるあるとして機能しています。


③サビ前半

ここでは、「彼氏と笑いながら雨の中を走って帰る私」が描かれています。「それでもやっぱり彼といると楽しいし好きなんだよなぁ」というどちらかというとポジティブ寄りの感情を想起させ、この後に来る前半のハイライトを際立たせるために、視聴者感情を一旦落ち着けるパートになります。


④サビ後半

彼氏がデート中に発した、「この前一緒に買った青いワンピース」という言葉が、女性の「青いワンピースなんて持ってないよ」というセリフで回収される瞬間。

本楽曲の調査をする中で、実際に視聴体験に協力頂いた方から最も言及されていたのがこのシーンでした。「証拠を前にしても表面では気づかないふりをしている私」に対し、視聴者は激烈な同情や共感を示します。YouTubeのコメント欄でもかなり多くの方がこのシーンに触れて、思い思いの感情を書き連ねています。

この時点でMVの主人公の女性への共感度はかなり上がっている状態ですので、次は「じゃあこの女の子はこれからどうする or どうなるんだろう?」という次の疑問が視聴者の離脱を防ぎ、2番に入っていくことになります。



④2番以降

ここからは感情曲線には書いていませんが、「いいもの見た」という視聴後感に繋げるためにどのように作品をまとめあげているか、ざっと説明したいと思います。

まず、1番の流れを踏まえ、「浮気に気づきつつも騙されているふりをする私」が描かれます。例えば以下のシーンですが、浮気相手と会っているだろうことを察しつつも「がんばって」と返信する様は、ひとつの「あるある」の提示になっており、ここでまた感情を揺さぶられます。


その後、彼氏の誕生日プレゼントを買っているところで浮気現場を目撃するシーン。ここで、視聴者の次の展開への期待値を高めます。


そして、クライマックスへ。愛憎入り混じる首締めシーンで、ここが後半のハイライトです。ぜひMVを視聴してほしいですが、ここが非常にエモい演出となっており、コメントを読むと視聴者が過去と重ねて好き好きに共感しているのが分かります。キスと首締めの両方あるのがポイントで、「好き」が強い視聴者も、「怒り」が強い視聴者も両方が共感しているのが見てとれます。具体的には、「"ちゃんと" 好きって振られるより辛いかも・・・」といった言葉の機微を捉えた切ない系コメントと、「キスされてにやけてるの、何も考えてなくてムカつく」といった男バッシング怒りコメントとの両方が見受けられます。

このパートまでは、基本的には、1番と同様、強い共感をベースに視聴者の感情を揺さぶる演出がひたすらに続き、かなり強力に視聴維持をさせ続けます。


ラストサビにあたるシーン。このパートでは、これまでずっと続けてきた「分かりやすい感情揺さぶり要素」は出てこずに、意味深な演出が続きます。その意味深な演出の最大のポイントは、「程よい分かっちゃった感」です。その最たる例が以下のシーン。

  • 0時を回って魔法が解ける

  • 男性の元から去る時に片方の靴が脱げる

この演出から、「だから曲名がシンデレラで、サムネイルがこの画像なのか」と解決感を得ることができます。この「程よい分かっちゃった感」は、提示するテーマが簡単すぎても難しすぎてもダメで、ちょうど多くの人が「私分かっちゃった」と思える必要があります。一度そう思わせてしまえば、視聴者の中でこの曲は、「意味がよく考えられたすごい曲」になります。そうなったら、「このすごい曲を考えた人って・・・Saucy dogって言うんだ」とファン化にまで繋がると考えられます。

新規視聴者のファン化は、この視聴後感あってこそです。ただひたすらに感情を揺らすだけのMVになってしまっていたとしたら、「あ〜エモかった」で視聴者は次の動画へと行ってしまうでしょう。

他にも、このMVには「実はこれってこういう意味じゃない?」と視聴者がコメントで楽しめるような「程よい分かっちゃった感」が散りばめられています。


  • 浮気現場目撃後に画面がぼやけるのって、女の子が泣いたから?

  • ラストシーン以外で色がついてるの、浮気相手の青いワンピースだけじゃない?

  • 魔法が解けた瞬間に世界に色が付く仕掛けになってない?


こういった要素は、新規視聴者のファン化のみならず、リピート再生に対してもポジティブな効果を与えていたことが推察されます。


演出面の分析

①漫画調

同じストーリーテリングであっても、実写か漫画か、イラストかetc…
また漫画ならどんな画風の人に頼むのか?
…など作品の演出方法で印象は大きく変わりますね。
即ち視聴者の好む演出方法を選べるかも再生数を伸ばす本質の1つであると考えております。

本MVは漫画の編集モノかつ画風は女性誌的なタッチです。この演出は、本楽曲のターゲットペルソナである「タイパよく切ない恋バナで感情を揺らしたい20代女性」に対して高い親和性を持っていたと考えています。

「タイパよく切ない恋バナで感情を揺らしたい20代女性」が普段どのようにしてその感情を揺らしているのでしょうか。ひとつの解は、以下に示すような「グッと感情を揺らすショートストーリー」であると考えています。

例えばこの投稿は、 2840万回インプレッション されています。たしかにこの形式であれば、ドラマや映画よりも短時間に大きく感情を揺らすことができますよね。タイパを重視する現代において好まれそうな作品形態です。
実際に筆者のフォロワーを確認すると我々が想定した属性に近い人も多数確認できます。

「シンデレラボーイ」のターゲットとなるような視聴者は、すでにこの作品形態に慣れていて、Xのショートストーリーを読むような気持ちでMV視聴をしていたのではないでしょうか。もっと言うなら、「シンデレラボーイ」はBGM付きの「Xのショートストーリー」としてターゲットに認識されており、これが高い視聴維持率を支えていたと考えることもできそうです。

ちなみに、上に挙げたショートストーリの作者は、「シンデレラボーイ」のMV作所と同一人物です。

MVのクリエイターを選定する際は、「ターゲットペルソナが普段どのようなコンテンツを見ているのか」の解像度をあげてみて、実写にするのか?漫画にするのか?漫画にするなら誰を選ぶのか?という視点を持つようにすると、視聴維持率に直結する動画を作って行くことができるのではないでしょうか。


②サウンド

本楽曲は、リアルタイムの暗い感情を強く主張する曲なので、バンドサウンドのアレンジが楽曲の狙いを強く後押しする形になっているのがひとつの特徴です。例えば、PVの1番サビのラストがアコースティックアレンジだったら・・・と想像してみてください。

「浮気に気づいたときのあの嫌な感情」をリアルタイムに想起させるというよりかは、どちらかというと、「過去にはそんなこともあったなぁ」と消化し終わった思い出として浮気を歌い上げているような印象になります。
これでは脚本の狙った効果は出せていなかったと想像できますので、再生数に寄与する良い編曲だったと考えております。


③コード進行

サウンドに関連した話でコードも再生数に寄与する点が幾つもあります。
例えば冒頭のコード進行が以下ループとなっています。

A(omit3) - Bm - C#m7 - Dadd9(omit3)

omit3はマイナーコードかメジャーコードかが確定していないコードで、m7やadd9などのテンションはコードの役割をあやふやにさせます。つまりこの物語が『悲しい物語か、明るい物語か』が確定しないと言う感情を視聴者に与えています。

これは先ほど解説した脚本の意図と完全にシンクロしており映像作品としての完成度を高めた大きな理由として機能していると考えております。
本楽曲には冒頭以外にも脚本とシンクロしたコード進行の箇所が複数あり映像と音が一体となって勝負しなければいけないYouTubeに於いて『漫画動画の劇伴』として解釈したとて高いクオリティであった事も秀逸な点です。


④メロディライン

メロディに関しても劇伴的に優秀な点が幾つもあります。

例えばサビのコード進行は以下の通りです。

引用https://ja.chordwiki.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AC%E3%83%A9%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%EF%BC%88Saucy+Dog%EF%BC%89

コードチェンジの瞬間のメロディラインの多くでテンションコードやコードトーン外の音になっています。

例えば

「シンデレーラボーイ」では『add9』
「0時を」では『4th』
「回って」では『6th』
「泣かせないで」では『4th』

となっています。
唯一コードトーンの「腕の中で」の箇所もA→C#7と転調的であることを考えるとサビの頭は全てで通常用いない当て方をしていると言えるでしょう。


これらの当て方は悲しいとも明るいとも確定しないアンニュイな感情にさせるため前述したシーンの意図とマッチしていると言えるでしょう。

このようにYouTubeを起点とした再生数を狙う場合は、
音楽単体のクオリティだけではなく、それが映像と合わさった時どんな効果があるのかーーつまり音楽が劇伴となった【映像作品としてのクオリティ】を評価されると基本的には考えるべきです。
そしてそれを評価するのは前項で定めたペルソナでありそこからの拡大経路の流れも意識する必要があるのです。


時代背景における本楽曲の立ち位置

本MVがYouTubeアルゴリズム的に優遇されていた理由の分析は以上になりますが、取り扱っているものが『音楽』であり1億再生を超えている以上
YouTube内に留まらない外的な要因も再生数に関与している事は言うまでもありません。

その最たる例が「時代を象徴するサウンドを抑えていた点」です。
つまり今ウケるサウンド(或いは題材)だった事がYouTube外の再生数を伸ばした事や、リピート再生に繋がったと考えるのが本質ではないでしょうか。

まずは本楽曲のテーマ(失恋系恋愛ソング)の流行の流れを確認しましょう。

本楽曲のリリース年は21年ですが、それ以前の失恋系恋愛ソングの流れを踏まえて、本楽曲を位置付けると以下のようになります。


2019年の大バズリ楽曲「Pretender」では、かなり抽象的に失恋の痛みが歌われています。辛さや物悲しさが歌詞の中に出てきますが、どんな二人がどんな恋愛をしたのかに関してはほとんど描かれていません。結果としてかなり広まっていった楽曲ではありますが、MVと音楽そのもののみで強く感情を揺さぶることには重きを置いていなかった楽曲であると考えています。


Pretenderに対して、より具体的に失恋の痛みを歌ったのが優里の「ドライフラワー」でした。この楽曲では、付き合っていた二人が別れに至った経緯が具体的に描かれ、聴く人にかなり具体的に強く感情の揺さぶりを生じさせる楽曲となっています。タイパを重視する現代の若者は、意味が具体的で理解しやすく一聴しただけで強い感情を想起させるようなコンテンツを好む、という時代背景に対して、この楽曲がカッチリとハマったことが推察されます。


上記のような時代の流れを踏まえてリリースされたのが「シンデレラボーイ」です。これまで考察してきたように、具体的な歌詞/映像で強く感情の揺さぶりを生じさせる作りをした楽曲となっており、ドライフラワーと同じ形で時代の流れにマッチした楽曲と言えそうです。その中で、失恋の「ドロっとしたリアルな感情」にフォーカスしていました。

つまり『タイパを重視した失恋音楽の流行』という大筋のトレンドに則りつつも、「ドロッとしたリアルな感情」というありそうでなかったテーマ性で従来のヒット作との差別化を図った事が成功し、時代の覇権を握るサウンドになったのではないかと考えております。


バズった結果得られたもの

  • TV出演(ミュージックステーション、紅白歌合戦といった一般層リーチ力の高い番組を含む)

  • Youtube登録者数 +50万人

  • 大規模ワンマンツアーライブ

再現性のある要素

  • 視聴者の認識段階を高めるサムネイル
    視聴者がサムネを見た時に、楽曲やMVで語られることを一瞬で理解できるように工夫する。その工夫は、並べられる競合楽曲のに応じて臨機応変に変えることが求められており、マーケター視点が重要。


  • ターゲットペルソナが慣れ親しんだ演出の採用
    ターゲットペルソナの文化圏を知ることができれば、ペルソナに対して親和性の高い演出を意図的に選ぶことができそう。本楽曲で言えば、Xのショートストーリーで手軽に感情を揺らすことに慣れた「タイパよく切ない恋バナで感情を揺らしたい20代女性」に対して、ショートストーリーライクな漫画形式のMVを当てたことによって親和性が生まれ、再生数に対してポジティブな影響を与えた。


  • 視聴維持率を高める「ちょい出し」
    サムネを見た瞬間に視聴者が暗に抱いた期待に、冒頭から少しずつ応えていく。本楽曲で言うと、Verseでの中程度の感情の揺さぶりなどが該当。これによって、視聴者の「欲しいものがもらえそう」という期待感を高め、それが高い視聴維持率に繋がっている。


  • 視聴維持をファン化に繋げる視聴後感
    本質的に、作品としての深み/完成度がないと、視聴維持はできてもファン化にはつながらない。シンデレラボーイでは、「程よい難易度の考察要素」を散りばめることで作品に深みを出している。


  • 映像作品としての評価を意識
    spotifyなどと違いYouTubeでゼロイチのバズを狙う場合映像としての評価で見られる。映像が誰に見られ、そしてアルゴリズムがどのように広げていくかを逆算しその流れで最も評価される映像作品を目指す事が成功の秘訣。


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