日本企業のガバナンスと株主①
大学が春休み期間中はなるべく知識・情報の整理とインプットに努めている。本当はインプットに基づくアウトプットをしなければならないと気にしているものの、なかなかアウトプットのほうは進まない。論文や本の執筆に時間を充てる時期であるはずなのだが、ついサボりがちだ。ただインプットにWebセミナーを受講することができるのは大変便利だ。とかく話を聴いてみたい登壇者が出られる講演やセミナーは東京中心であることは疑いの余地もないが、コロナ禍の好影響があるとすれば、Web上でそういった貴重な講演やセミナーを受講できることかもしれない。地方に住んでいてもわざわざ東京に出向かなくても参加できるのは大変有難いものだ。
そんな思いを持ちながら、先日コーポレートガバナンスに関するWebセミナーに参加した。セミナーの登壇者は企業年金を運用する方だったが、株主の目線で日本企業のガバナンスに関する問題点を辛辣に語っていたのが印象的だ。すべてを本稿に記すのは長くなるので、本稿とこれ以降何度かに分けて、備忘も兼ねてその論点をまとめていこう。
【ESGに対する考え方:要旨】
企業経営はGがすべてである。EとSは、Gに優れた経営者であれば、企業価値向上のために「当然」長期的視点で考慮するものだ。EとSについてディスクロージャーが求められているが、そこに金とリソースをつぎ込んで「ESGスコア」を高める努力をしているだけなら、G改善への「怠慢」を隠すものであり、株主として評価できるものではない。G改善を躊躇する経営者が多すぎる。年金運用などアセットオーナーとしては、見せられる成果(株価など)がなければ、Gの進捗をどんなに声高に謳って全く意味がない。ESGの誤解は、ESG(特にEとS)に注力していることを誇らしく開示することで、事業の収益性や効率の低さを考えなくなっているとすれば、何を最優先すべきか経営者も投資家もわかっていないのではないか。
【ESGに対する考え方:所感】
ESGとはそもそもどう考えたらいいのか。ロシアのウクライナ侵攻などをきっかけにエネルギー価格の高騰などから関連企業の収益力が高まり株価の上昇が示現した。国内産業を保護したい、あるいは選挙票田を確保したいアメリカの政治家や議員の圧力によって、ESGを敵視する世論もできてしまった。もちろん、一部の運用会社が「ESG」を冠につけて投資信託やファンド運用・販売をしてきたものの実態はウォッシュだった、というような事象もあったわけで、このためにESGに対する懐疑的な見方が広がったのも無理はない。しかしながら、本来は、企業がその事業を継続していく上で、環境や社会問題、企業自身のガバナンスを考えた経営をしないと、経営者は持続可能性な(サステナブル)経営はできないし、株主は企業価値向上を期待できなくなるから、確りとESGに取り組もう、という認識だったはずだ。将来的な、長期的なリターンを良くするものが、ESGへの取り組みである、となっていたはずだ。その点、将来的なリターンを良くするためにESGなのか、慈善事業を行って環境や社会問題に取り組むCSRなのか、混同されていることが問題なのではないか。経営者の目線と株主の目線から、経営者はESGに対する考え方を今一度整理し、自社はどのような考え方をもってESGへの取り組みを行うのかを、確りと自分の言葉で語ることが求められている、と考える。
本稿では「ESGに対する考え方」について取り上げた。次回はコーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードについて言及する。
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