ちょっとした野球のストレートの話
はじめに
150キロ。
今では、多くの投手が投げるようになり、アマチュア選手ですら計測することが珍しくなくなってきた。自分が子どものころ、ほんの20~30年前は150キロ投げる人は「選ばれし者」という扱いだった。プロ野球でも最速140キロ台も当たり前、130キロ台だって珍しくはなかった。隔世の感がある。
この春、WBCで日本は14年ぶりに世界一に輝いた。本気に近かったアメリカを撃破した。MLBではすでにNPBの事を4A(AAAより上位でMLBよりは下)と表現する人も増えてきている中でプロ野球を人生の75%以上の時間見てきた、もし野球と出会わなければおそらく学力偏差値が10は上がっていたと思う人間が色々あれこれ語ってみたいと思う。オレの人生を狂わせたヤクルトには訴訟も辞さない。
ストレートの速度
ピッチャーが投げるストレート(いわゆるフォーシーム)の球速は絶対的に自分が子どもだった時より圧倒的に速くなっている。
以前も投稿した通り、データに関してはプロフェッショナルがいるので詳細は割愛するが、自分が見ることが出来るデータ上では
2008年 140.9~141.5キロ
2013年 141.0~141.5キロ
2018年 143.3~143.4キロ
2023年 146.2~146.4キロ
と、なっている。おそらく過去の方になればなるほど映像が不鮮明であったり、1球速報が無かったりでデータの取り方が各媒体で多少ズレるのか、幅が大きい結果になっている。しかし、この2008~13年の5年間は大体141キロくらいが平均だ。
2018年からトラックマンが日本で一般化していったからかは分からないが、幅も小さくなり、データの信頼性の高さを感じる、そしてストレートの速度が大幅に上がっている。今年に至っては145キロすらとっくに超えている現状である。単純に2013年と比べると10年でストレートが5キロ速くなったわけだ。
ストレートという球種はプロレベルだと初速(ピッチャーが投げてすぐのスピード。所謂スピードガンで出る速度)と終速(バッターの手元でのスピード)が大体12キロ程度違うと言われる。投げた瞬間140キロのボールはバッターの手元で128キロ程度というイメージである。
ここから少し数学の要素が入る。計算過程は省略するけれど、数のアレルギーが出る人は先に進んでほしい。オレも古傷が痛む・・・!センター試験沈没の記憶と戦いながら計算します。
よく野球関連の計算問題で出てくるが、140キロのストレートがマウンドから18.44m先のホームベース上までは約0.474秒だ。実際は減速しながら届くので、もう少し時間的にはかかるのだが、それでも0.5秒より短い。これが150キロになると約0.443秒になる。大谷翔平の165キロで計算したらほぼ0.4秒フラットだ。
人間は見てから反応するまで平均0.2秒かかるとされる。オリンピックアスリートで研ぎ澄まされた集中力の時に0.15秒程度が計測される程度だ、ちなみに0.1秒以下は「人間では不可能な反応速度」というフライング失格になる。
と、いうことは打者は目で見て0.2秒消費し、あとの0.2秒ちょっとでバットスイングでボールを捉えなければならない。140キロなら0.3秒近くあった余裕が150キロ、165キロでは0.25秒や0.2秒とドンドン迫ってくるわけだ。つまりは、「ボールだ!」と思ってスイングを止めにいく選択肢は150キロ以上の場合、反応速度がオリンピックアスリート級の集中力の時に出来るかどうかというレベルということだ。実質的には振るか見逃すかの二者択一にすでに選択肢が減らされている。
野球の場合「決め打ち」「狙い打ち」が出来るので必ずしもピッチャーが投げるまで待つ必要はないのだが、ストレートの平均球速が上がったことで打者の「猶予時間がどんどん短くなっている」のは間違いない事実だろう。そして、初速が上がれば終速も上がるため、ますます到着時間は速くなる。ストレートが速くなればなるだけ打者には厳しい条件を突き詰めることになる。もちろん「コントロールが出来れば」という条件付き文言はつくけれども。いやはや、何ともバッターは大変な時代になったものだ。
ちなみに
ちなみに実際はプレートからホームベースまでが18.44m。でも、ピッチャーはマウンドから6~7足分前でリリースするので足のサイズが28㎝だとすると約2m前から投げるので約16.4mになる。この条件で計算すると、人類は選ばれし者以外は約165キロ、選ばれし者で約168キロで「投げる前に振りはじめないと当たらない」世界に突入する。漫画の世界もすぐそこにあるようだ。
あとはメジャーでトラックマンを導入したチームは平均で1.5マイル(約2.4キロ)ストレートの平均が速くなっているとのこと。そして、MLBはトラックマンから早々とホークアイへとバージョンアップした。
我らが東京ヤクルトスワローズは2019年からホークアイを導入準備して使い始めて2連覇へとつながったわけだが、ちゃんとストレートの平均球速は速くなっている。
こういう時に各球団の最速平均ピッチャーと最遅平均ピッチャーをカットしてデータを見てみたい(例えば、ヤクルトの石川さんのように明らかに有意水準外の投手、ライオンズの與座投手のようにアンダースロー投手、ロッテの佐々木朗投手などの規格外投手を外すため)が、全て込み込みでもスワローズは10年間で約6キロほど速くなっているようだ。
何で速くなったのか
これは一つの理由ではなく多くの理由が合わさって起こった事象だと考えている。
トレーニングメソッドの進化
アスリート的食生活の進化
映像媒体の進化
データ分析班の進化
選手自身の分析力の進化
あたりだろう、特にスポーツ科学の導入が遅かった日本では例えば「うさぎ跳び」が筋力に効果はほぼない、むしろ圧倒的に関節に悪影響だと判明して淘汰されたのすらそんなに太古の話ではない。しかし、日本の文化の良い所であり、悪い所でもあるのが「変え始めるのは遅いが、変え始めたら一気に染まる」傾向があるところだろう。ちなみに僕は腰が重く、飽きやすい。アメリカが数十年かかった話を後出しとはいえ10年で一気に同じレベル近くに文化を変えて染め上げたのはすごいとしか言いようがない。
直近の例だと、プロ野球のご家族が「アスリートフードマイスター」の資格を取ったりしてサポートするようになったり、WBCの時はダルビッシュや大谷翔平は1球ごとにトラックマンでデータを洗いざらい精査していることも代表例の一つと言える。野球のボールの回転や動きをその場で分析するなんて10年前は想像もできなかった。
スマホの画質や動いてるものに対する映像機器の進化、統計学を使った分析班の出現など科学の発展は野球に大きな進歩をもたらしたと言っていいだろう。その結果の1つがストレートの球速として出ているのだと思う。
高めのストレート
自分がプロ野球を好きになったころ、キャッチャーとしてやっていた頃は
「キャッチャーミットは動かすな」
「高めに投げてはいけない」
「右膝は地面に着くな」
が、呪文のように唱えられており、
『横断歩道では左右をしっかり確認して渡りましょう』
『人を叩いてはいけません』
『列に割り込んではいけません』
くらいの当たり前項目として認知されていた。
今は全てが覆った。
フレーミング(僕らの頃はキャッチングと呼んでました)がキャッチャーの技術として評価されるようになり、左バッターの外角では目標としてコントロールしやすくなるのでそれまでタブーだった「左足上げ、右膝地面付け」の構え方が許されるようになった(ヤクルトも壮真が1番やってて、むーちょも時々している、古賀君はほぼ見ない)。
でもそれ以上に当たり前になったのが、「ピッチャーは高めのストレート、インハイのカットボールやツーシーム(シュート)は積極的に投げろ」だ。僕が20の頃くらい、今から15年前までで高めのストレートを意図的に投げていたのは「大魔神・佐々木」「火の玉ストレート・藤川」「負けない男・斉藤和巳」くらいしか浮かばない。皆、三振を奪えるフォークを持っていて尚且つストレートが速い人だ。そういう特性の極一部の人が使える技だった。
それが今では、145キロ、現在の平均値程度の球速のピッチャーでも平気でインハイに突っ込む。僕は「バッターの裏をかくorとにかくバッターの嫌なことをする」思考タイプのキャッチャーで自軍のピッチャーがコース読みされたらほぼ負けるレベルストレートも速くないし変化球も大したことないのに自信家だったので、かなりインハイを使う側のキャッチャーだったけど、今のプロ野球は信じられないくらい使うようになった。そして、結果として高めの強い球は空振り率が高く、平易に表現するといわゆる「芯に当たって強い打球を飛ばされる率」も低いそうだ。大きなパラダイムシフトだろう。
ただし、「芯に当たった時、長打になる率」は高いので1点勝負の時の怖さはある。打者の特性と組み合わせて考える注意点はありそうだ。
特にスワローズは野村監督の言う「原点」。困ったらアウトロー(外角低め)が徹底されているチームだったし、今は野村監督の教え子の嶋バッテリーコーチや古田臨時コーチが指導しているので、どうなるかなと思う時もあったが、しっかり高めも使ってる試合も多いのでコーチ陣の頭の柔軟性も高いのだろう。
来る投高打低時代
実はこれは個人的な考えだが、これからはボールが変わる、ストライクゾーンが少し狭くなるなどの改定がない限りは徐々に「投高打低」時代が来ると思っている。
これにAI審判が導入されたらますます超投高打低時代に突入するだろうと。例えば、160キロのボールがストライクゾーンを0.8ミリ横切りましたのでストライク。と言われたら打てない。ボールの99.9%の部分がボールゾーンにあっても0.01%ゾーン内ならストライク。野球の厳密なルールに則るAI審判ならそういうだろう、160キロの胸元のストレート、ワンバウンドになりそうなカーブやフォーク、43センチの幅を持った5角柱のストライクゾーンを掠めたらストライクだ。おそらく.250打てたら大打者と言われる時代になる。そうなるなら、これまで野球はピッチャーが勝敗のカギを握ると言われていたが、その割合がさらに高くなるだろうと思っている。
それは、ピッチャーの球速上昇や体格的な進化はまだまだ続いていくだろう一方で、バッターの反応速度は限界があるからだ。打者が「ちょっとピッチャーのストレート速いから反応速度0.1秒あげるわー」なんてことは人類である限り出来ない。0.005秒や0.01秒なら訓練で出来ると思うが、おそらくその鍛錬をしている間にピッチャーの球速が0.01秒以上速くなる。トラックマンやラブソード、ホークアイ、ドライブラインなどのありとあらゆる技術を使って変化球も絶対良くなってくる。そうなると必然的に投高打低時代になる。
実際に、メジャーを見ても3割超えている人は両リーグで数えられるほどしかいない、30球団あって、あれだけの傘下のチームがいてだ。それがここ3年続いている。なので、現実として投高打低時代の足音は近づいていると考えている。
終わりに
おそらくこれからはピッチャーの球速と選手寿命の関係性のデータが出てくるようになるだろう。スライダー(スイーパー)やスプリットとトミージョンのような関係にはフォーシームはならないとは思うが、スピードを出すためには筋肉・靭帯や関節の負担が大きいことは往々として認められることだからだ。
昨今は胸椎の伸展にフォーカスが当たるようになっていて、ピッチャーの技術は体幹や股関節など全身的な科学分析が日進月歩しており3年前の情報はすでに古いと言われるレベルに到達しつつある。年齢も若い人が評価されがちになりがちである。
ただ、メジャーで30代を超えたらピッチャーとしての評価が無条件に下がりがちな傾向は流石に日本ではないと思うし、実際にマクガフのようにメジャーでは速い方でなくとも技術で抑えるピッチャーも存在する。我々も石川さんで数多味わってきた。しかし、球速が全てではないが、やはり大きな武器なることは間違いない。特にピッチャーが不足しているスワローズには武器も技術もたくさんほしいのが現実だ。秋のドラフトやその他の新戦力にはストレートに注目したい。
石川さんも言っていた「基本は真っすぐ」。その真っすぐの基本基準のラインが大きくあがった。古くから野球を観ている人間も価値観をアップデートしないと野球に置いて行かれる時代になったのだと改めて思った次第である。
あとがき
久しぶりに本腰でnoteを書いたら結構疲れました(笑)
今回は野球のストレートの球速だけにほぼフォーカスしてみましたが、ストレートだけでもデータを見たら大きく進化していることを改めて感じました。これに回転数とか回転軸とか考え始めたら足りない我が頭が何個あっても足りませんね(笑)。
ちなみに2023年のスワローズの球速は143キロ台にまた戻っているそうです。けが人で多くのピッチャーが不在な中でライアンやカツオさんの登板頻度が変わらないからだと思いますが、球速データだけ見るとそら(肝心な場面で)そう(146キロ平均で対策しているバッターに143キロだと打たれる)よという感覚にもなりました。
今のプロ野球の分析技術はとんでもないので、パワーピッチャーでも木澤君のように1年活躍するとオフの間にしっかり分析されて前年のように結果を残すのも大変な時代になって選手は大変だなと思いますが、それは相手も同じこと。
是非ともあすから始まるリーグ再開、オールスターまでの前半戦の後半戦連覇チームの意地を見せてもらいたいですね。