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努力と根性の漫画家・佐野菜見さんが遺したもの—原画展で触れた彼女の強さ

漫画家の佐野菜見さんが亡くなったのは、2023年8月5日のことだった。36歳という若さでの訃報だった。

そんな彼女の原画展が池袋で開催されていると聞き、早速足を運んでみた。

ボクが佐野菜見さんを知ったきっかけは、『坂本ですが?』という作品だ。高校生活を舞台に、謎多き主人公・坂本くんとその仲間たちを描いたギャグ漫画である。

日常を舞台に展開されるシュールなギャグは、すべてボクのツボを突き、(本当に僭越ながら……)「ボクと全く同じ感性を持った人が他にもいるのか」と大変な衝撃を受けた。

その後に始まったのが『ミギとダリ』という作品である。この作品は、双子の「ミギ」と「ダリ」が周囲を欺きながら、殺された母の謎を巡るミステリーとサスペンスに満ちた物語だ。その魅力は、ダークでゴシックな雰囲気とシュールなギャグ。これまた唯一無二の作品で、センス抜群の世界観を持っている。

佐野菜見さんはがんのため、その病状は急速に進行したそうだ。

しかし彼女は「この試練を乗り越えたら、自分はもっとすごい作品が作れるかもしれない」と、理不尽な不幸さえも前向きに捉え、創作の糧にしようとしていたという。

次回作は「命」をテーマに考えており、「自分は運がいい」と言って、病室での患者さんとの会話で得た気づきを必死にノートに書き留めていたそうだ。

困難に立ち向かう姿勢と、ものづくりへの高い意識には心から敬服する。

原画展では、ネームやコンテ、原画のほか、創作メモ、幼少期に描いていた絵本、お母様や弟様への遺書などが展示されていた。

一番驚いたのは、彼女のユニークなセンスはもともと備わっていたものではなく、努力と根性の結果であるということだった。

展示されていた担当編集の方の追悼文によると、彼女はもともとヨーロッパ絵本のような感動的なお話を書きたがっていたという。しかし、この路線ではなかなか芽が出ず、業を煮やした担当編集さんは「この作風では勝負できない」と伝えたそうだ。

一瞬ショックを受けた様子の彼女だったが、すぐに新しいネームに取り掛かり、最終的に『肩幅ひろし』(『佐野菜見作品集』収録)という、その後の作品につながる素晴らしい漫画を完成させた。この作品は編集部や他の漫画家たちをざわつかせたらしい。

その後、『坂本ですが?』の執筆中もストーリーやネタを生み出すため、映画や漫画を怒涛のごとくインプットしていたそうだ。その結果、『ミギとダリ』という彼女の全く新しい新境地を切り開いたのだという。

原画展に展示している創作メモにはその痕跡が書き込まれている。

創作メモの走り書きの中に、「全体的にもっとアイデアを」「なりすまし系のえいがをみる ミセスダウト」といった言葉が記されていた。

なんとなくセンス系の作家さんだと思っていたボクは、そんな生々しい努力の事実に大変な衝撃を受けた。

そして、ご家族に向けた遺書。

遺書では、暗い雰囲気にならず、家族への感謝と気遣いの言葉が努めて明るいトーンで綴られている。最期の最期まで、彼女の周りを明るくしたいという思いが伝わり、本当の強さと優しさを持った人だったのだと胸がいっぱいになった。

会場には、佐野さんが中学時代を振り返ったエッセイも展示されていた。

内容を要約するとこうだ。

中学時代の部活で人前でスピーチをすることになった佐野さんは、朝礼台でかっこよくキメようと思っていた。

しかし、緊張のあまり頭が真っ白になり、長い沈黙で大恥をかいてしまった。そのことを最近友人に話したら、誰も覚えていなかった。案外、周りは自分のことを見ていないものだ、という内容だ。

そして、エッセイの最後はこんな文章で結ばれている。

クールじゃなくてもいい、スタイリッシュじゃなくてもいい。人に笑われてもいいから、自分のやりたいことや、なりたい自分を貫いていく、これが本当のかっこよさなんじゃないかって思っています。


佐野菜見さん、お疲れさまでした。あなたのおかげで、ボクは辛いことも乗り越えられそうな気がします。そして、本当にありがとうございました。

※東京会場「佐野菜見展」は~9月17日(火)迄。その後、西宮会場にて2024年10月30日(水)~11月10日(日)で開催
※病室でのエピソードは、佐野さんの従兄弟でありユーチューバーのなるにぃさんの話を引用いたしました
※担当編集様へ。この記事を執筆するにあたり、少し悩む部分もございましたが、一人のファンとして、私なりに佐野先生への追悼の思いを綴らせていただきました。もし不適切な表現や至らない点がございましたら、誠に申し訳ございません。ご指摘いただけましたら、適切に対応させていただきますので、何卒よろしくお願い申し上げます。


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