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Eternal Travel ~ロシア人の巣窟にて~

「ウクライナ軍がロシア軍の侵攻阻止、戦車〇両撃破~」「ウ軍反転攻勢で拠点奪還成功~」このような報道を目にする度に、僕は心のどこかにざらつきを感じていた。この戦争のロシア=加害者、ウクライナ=被害者という世界の共通認識に異を唱えるつもりはないが、ロシア軍の戦車が撃破されたということは、ロシア人が確かに死んでいるのだ。マクロ視点では当然喜ばしいことなのだろうが、少なくとも当事者ではない国の人間が「やりました!」みたいなテンションで報じることには違和感を覚えずにはいられなかった。

今回は、日本でそんな思いを抱いていた僕が、コーカサス地方でロシア人達と出会った話。
(コーカサス地方とは、ロシアの南端、トルコの東端と国境を接する、カスピ海と黒海に挟まれた三国、アゼルバイジャン・ジョージア・アルメニアを指す。)

バックパッカーの安宿と言えば、様々な国のハッピー野郎が集まりがちなので基本的に賑やかな雰囲気である(僕みたいな人見知りはこれがありがたくもあり、鬱陶しくもある)。しかし、ジョージアで僕が泊まった宿は明らかに異質な空気を放っていた。

宿に入った瞬間に感じたあの独特の薄ら寒さは忘れられない。僕は最初その雰囲気の原因を測りかねていたが、やがて他の宿泊者のほぼ全員がロシア人であることがわかると、「やはりロシア人は排他的というパブリックイメージはある程度正しいんだな」くらいに思っていた。実際ロシア人の輪に入っていくのは容易ではなく、明らかに挨拶の際の表情の違いからも同胞意識の高さを感じた。

しかし、そんな国民性だけでは説明がつかない悲壮感や、暗さが宿には充満していた。

それでも毎日挨拶だけは諦めずに交わしていたところ、同室隣のベッドの青年との間に次第に世間話も増えていった。僕は、ドミトリーで出会う人へのテンプレ通りの質問を彼にも投げかけた。

「Why did you come to here? Business? Or travel?」
彼は寂しそうに微笑んで返した。「Eternal travel…」

お洒落な言い回しだなあ。なんて感心したのも刹那、僕はこの一言が、純粋に文字通りの意味なのだと気が付く。彼は故郷に帰れないのだ。

打ち解けてきたとはいえ、話題が話題なので、慎重に事情をうかがう(といっても、言葉を選べるほど語学力は無いので、所作で示すしかない)。

彼(彼らの多く)は、母国で召集令状を受けたその日にそのまま隣国ジョージアに逃れてきたのだという。当然母国には二度と帰れない。

気ままに旅をしていた僕にとって、彼との会話はとてもショッキングなものだった。自分に置き換えても、日本に一生帰れないなんて想像することもできない。ニュースで触れ知っていたはずの戦争の「体温」が確かにそこにはあった。

故郷に帰れなくなるというリスクを負ってまで、何故君は国を出たのかと問うた時のシンプルな返答が忘れられない。

「I don’t wanna die yet…」

彼らはプーチンは絶対に間違っていると断じ、国を捨てた。
しかし、現在国際社会におけるロシアは悪の帝国である。さらに、隣国ジョージアは歴史的にも反露感情が非常に強い。外に出れば「Kill Russia」「Fuck Russia」と街中の壁にスプレーされている。
彼らもまた、反ロシアであることに間違いないのに、彼らは日中外出することも憚られるほどに忌み嫌われている。実際、知り合ったジョージア人の若者はロシア人への憎しみを口にしていた。

宿に漂うあの空気、そして彼らが同胞同士で見せるあの笑顔の理由がやっと解った気がした。

今現在、コーカサス地方にはロシア人宿と化したドミトリーが多く存在する。

僕がジョージアの次に訪れた国アルメニアでも、最初に泊った宿はロシア人宿であった。その宿では、上のベッドの大男の足の臭さといびきに耐え切れず、打ち解ける前に宿を後にしたわけだが、どの国の人間であろうと足は臭いし、死にたくないのだ。生きているから足も臭うし、いびきもかく。

戦争終結を強く祈りながら、平和な日本で独りキーボードを打つ。街からは祭囃子が聞こえてくる。

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