短編小説「春に咲かないサクラ」
「monogatary」に投稿した小説です。
相沢の手を初めて握った日。
その感想をいうと彼女は少し怒った。
「雪女みたい」
「妖怪か、私は」
「呪い殺されるー」
「雪女は面食いなんだよ」
「何、俺は食えない面ってわけ」
「うーん、食える人は食える」
「ゲテモノ?」
「珍味かな」
そんなふざけ話をしながら、体温が移って彼女の手が熱を帯びればいいなと思う。
火照って行き場のない、俺の顔の温度の様に。
「晴斗はさ、春に咲かない桜って知ってる?」
「桜って春しか咲かないでしょ」
「でも、咲けない桜があるんだよ」
「何で咲けないんだ?」
「眠ってるから。桜は目覚めないと咲けないんだよ」
「眠り姫だな」
「だよね。だから起こしてあげなきゃいけないの。休眠打破」
「眠眠打破を木の根っこにかけるとか?」
「バカだな晴斗は」
「相沢ならどうするんだよ」
「うーん、私は教えてあげるかな。起きたらもっと面白い世界が待ってるよ。青い空、春の風。暖かい太陽、鳥の鳴き声、酒を飲んで騒ぎながらあなたを見上げる人間(笑)」
「最後のやつ、いるか?」
「いるいる。とにかく聞かせてあげるんだ」
相沢はそう言って笑った。
俺が再び彼女の手を握る春は来なかった。
冬の間に眠っている桜は、暖かい場所にいると春が来たことに気づけない。
眠りから覚める事が出来ないのだ。
温めたいと思った手は冷たいまま。
彼女は花を咲かせて自分の道を歩き出した。