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人的資本投資が進まない理由は「自己創設のれん」が資産計上できないから

現在、企業が長期的に成長するためには、信頼やブランド力、人的資本といった無形資産が重要と言われています。

しかし、これらの無形資産は「自己創設のれん」と呼ばれ、会計上資産として認識されず、その価値を財務諸表に反映させることができません。

自己創設のれんが正しく評価されないことで、企業の投資戦略や成長にどのような影響を与えているのか、そして将来的にどのような会計制度改革が求められるのか。

私自身が、M&Aの現場で日々直面する課題を基に、今回は少し専門的な解説をします。


自己創設のれんとは

「自己創設のれん」は、企業が自ら育成したブランド力や信頼、人的資本(従業員のスキルや経験、技術)など、会計上では明示的に資産として計上されない無形資産と考えられています。

「のれん」といえば、一般的にはM&A(合併・買収)によって他社を買収した際に発生するものを指しますが、「自己創設のれん」は、企業が独自に築いた価値であるため、会計ルールでは資産として認められません

なぜなら、人材の価値は評価する基準を設定するのが現状困難であり、企業の財務状況を正確に反映できない可能性があります。

また、会計の厳格性、いわゆる会計基準を維持するためには客観的な評価が必要だからと言われています。


「自己創設のれん」とM&Aで発生する「のれん」の違い

M&Aで発生する「のれん」とは、買収企業の純資産価値を上回る対価を支払った際に生じる差額を指し、これを「のれん」として資産計上します。

のれんは、他社が持つブランドや顧客基盤、技術力、ノウハウなどの無形資産を金銭的に評価したうえでプレミアムの要素を含んだ対価として反映されます。

一方で、自己創設のれんは、企業が自らの経営活動の中で自然に形成した無形の資産といわれています。

例えば、長年にわたる顧客との信頼関係や、従業員が持つ技術や能力、オペレーションなどが含まれます。

自己創設のれんは、企業が自身の努力で積み上げた無形資産なので、買収や取引を介さない限り、会計上の数値には反映されません


「自己創設のれん」が資産計上されない理由

会計上、自己創設のれんが資産計上されないのは、財務情報の信頼性が損なわれるからと考えられています。

会計基準では、資産計上するには客観的な評価や市場での取引を伴うことが必要です。

しかし、自己創設のれんはその特性上(自社内の資本によって培われる)、外部の取引を伴わないため、正確に評価することが困難です。

さらに、自己創設のれんを資産計上できるようになれば、恣意的に価値を高く評価する可能性があり、それが投資家や取引先に誤解を与えるリスクも考慮されています。

そのため、現在の会計基準では、外部取引によって明確に価値が証明される「取得のれん」のみが資産計上されることを認められています。


人的資本と自己創設のれんの関係性

人的資本とは、従業員が持つ知識やスキル、経験などを指します。

これらは企業の競争力を高め、長期的な成長を支える重要な資本であるというのが、現在のビジネスの常識です。

人的資本が豊富であれば、企業はイノベーションを促進し、効率的な経営が実現可能です。

また、人的資本の質が高い企業は、顧客や取引先との信頼関係を築きやすく、これがさらなる成長をもたらすと考えられています。

しかし、人的資本は目に見えない無形の資産であり、自己創設のれんと同様に会計上資産として認識されません


人的資本投資は「資産」ではなく「費用」という会計ルール

人的資本が成長に寄与すると理解され始めたことで、人への投資を促す動きが活発になりました。

従業員のスキルアップを図るための教育、研修、さらには働きやすい環境づくりなど、人的資本を増やすための投資は長期的な成果を生むことが期待されています。

しかし、日本の会計ルールでは、人的資本を増やすための投資はすべて「費用」として処理されます。

これらの投資は、費用計上されるため、短期的には企業の利益を減少させる要因となってしまいます。

例えば、従業員に対するスキルアップのための研修に費用をかけても、その投資は財務諸表に「資産」として残ることはなく、一度きりのコストとして処理されてしまいます。

その結果、人的資本に投じた資金が将来的な企業の成長に寄与するにもかかわらず、短期的な業績を重視する企業にとっては、利益率を圧迫する要因となり、人的資本投資を積極的に行うことが難しくなるのです。

このように、人的資本への投資が「費用」として扱われる会計上のルールが、長期的な成長への投資を妨げる要因となっていると考えます。

企業が人的資本への投資を避けるのは、短期的な利益を優先する傾向が強い場合、特に顕著です。

結果的に、企業の将来にとって重要な人的資本の価値が十分に評価されず、短期的なコスト削減が優先されるのが現状です。


人的資本が資産計上できない現状がもたらすビジネスへの影響

自己創設のれんが資産計上されないことは、企業の長期的な成長戦略に対する評価が不十分になる可能性を秘めています。

人的資本やブランド価値といった無形資産の重要性が増す現代において、これらの価値が会計上に反映されないのは大きな課題ではないでしょうか。

人的資本や無形資産への投資は長期的な利益を生むものの、短期的にはコストとして捉えられることで、企業の意思決定に制限がかかるかもしれません。

実際、投資家やステークホルダーが企業の潜在的な価値を正しく認識できないリスクが生じていると感じます。

投資家が短期的な業績にだけ目を向ければ、人的資本投資に積極的な企業の株価が低迷したり、資金調達が困難になるなど、経営に直接的な悪影響を及ぼす可能性もあります。

そのため、人的資本投資を単なる費用とみなすのではなく、資産としてバランスシートに載せることは、とても重要ではないかと思います。


今後の会計制度改革

このような状況を改善するためには、人的資本や自己創設のれんを適切に評価できる新たな会計基準が求められます。

たとえば、従業員のスキルアップや企業のブランド力といった無形資産を数値化し、財務諸表に反映させるための指針が必要です。

今後は、人的資本投資の効果を中長期的に評価できる仕組みや、無形資産の価値を正確に捉えるための新しい会計ルールの導入を検討すべきではないでしょうか。

これにより、企業は長期的な成長戦略に基づいた投資を積極的に行うことが可能になると考えます。


自己創設のれんを巡るグローバルな会計処理

世界的に見ても、無形資産の評価に関する会計処理の見直しは進行中との情報もあります。

人的資本やブランド価値といった無形資産の重要性が高まる中で、各国の会計基準は少しずつ変化を見せています。

しかし、現時点では統一されたグローバルな基準は存在せず、国や地域ごとに異なる取り扱いがなされています。

将来的には、自己創設のれんを含む無形資産をより正確に評価するための国際的な会計基準の整備が求められるでしょう。

企業の実態をより正確に反映し、投資家やステークホルダーにとって信頼性の高い財務情報を提供する時代にならなければいけないと思います。


まとめ

人的資本と自己創設のれんは、企業の持続的な成長に不可欠な要素ですが、現行の会計制度ではその価値を正確に評価しにくい課題があります。

今後、これら無形資産を適切に評価するための会計基準の改革が進めば、企業は人的資本への投資をより積極的に行い、持続可能な成長を実現できると考えます。

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Kei | MBA| 元銀行員
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