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【イベントレポート】「文芸発信のトポス 慶應義塾」

本日は、以前の記事でも告知していた「文芸発信のトポス 慶應義塾」の当日の様子についてご紹介いたします。

イベントの流れは下記の通りです。
第一部:講演 「慶應義塾と『三田文學』」(『三田文學』編集長 関根謙)
第二部:座談会 「文芸発信の場としてのキャンパス」
登壇者:笠井裕之(法学部教授)、「インカレポエトリ」出身者
〈大島静流(慶應義塾)、小島日和(早稲田)、荒木大(慶應義塾)、國松絵梨(慶應義塾)〉

左:大島静流氏、右:小島日和氏
左:荒木大氏、右:國松絵梨氏
左:笠井裕之氏、右:関根謙編集長

慶應義塾大学通信教育課程の方々をはじめとするたくさんの方々にご参加いただきました。登壇者の荒木大さんにレポートをご執筆いただきましたのでどうぞご覧ください。

キャンパスから広がる文芸の「場」
——イベント「文芸発信のトポス——慶應義塾」レポート
                               荒木大
 
 8月中旬の日吉キャンパスで、三田文學主催のイベント「文芸発信のトポス——慶應義塾」が催された。イベントは二部構成で、第一部が関根謙編集長による講演、第二部が三田文學とも関わりの深い「インカレポエトリ」の座談会であった。

「慶應義塾と『三田文學』」と題された第一部の講演では、その関係の来歴が語られた。1910年5月に『三田文學』が創刊された頃、文学科ではかつてない規模の大改革が実行されていた。新たに雑誌を立ち上げることをその変革の象徴とし、文学科は思い切った人事としてその前年に『ヰタ・セクスアリス』を書き発禁作家となった森鷗外を顧問に招聘、その助言に従い『ふらんす物語』など複数の著作で発禁処分を受けた永井荷風を文学科教授に招いた。ほどなく荷風は『三田文學』初代編集主幹となったが、そのような人事は早稲田大学や東京帝大等の文芸雑誌ではまず有り得ないことであった。荷風は編集主幹となってからも発禁処分を食らうことがあった一方で、彼のもとからは多くの学生作家が巣立った。荷風は確かに慶應義塾と『三田文學』へ大きく貢献したのである。

 講演では荷風以後の三田文學の歴史も、当時の編集長の方針とともに紹介された。いずれの編集長下の『三田文學』も、「戦前から戦後」という大きな時代の波のなかで、柔軟にその構造を変化させてきた。そのしなやかな精神は、現在に至るまで『三田文學』に引き継がれている。『三田文學』はいまも、激動の時代にあって、慶應義塾内外のあらゆる書き手に執筆の扉をひらいている。
 
 第二部「文芸発信のトポス——慶應義塾」は、大学間の新たな詩の動き、「インカレポエトリ」をめぐる座談会である。今回は、「インカレポエトリ」出身のメンバー(國松絵梨=司会、大島静流、小島日和、荒木大)と授業を担当されている笠井裕之氏の5名でトークを行った。

「インカレポエトリ」とは、2019年にはじまった学生たちによる詩の活動体である。この活動は、もともと笠井氏と一緒に授業を担当していた慶應義塾大学の朝吹亮二氏と早稲田大学の伊藤比呂美氏が、ある場で偶然再会した際構想されたという。二人の会話の中で、両校を中心に複数の大学の参加が企画されたが、その輪は驚くべきスピードで全国の大学へと広がっていった。この活動のひとつの成果として、各大学のメンバーの作品が掲載される詩誌「インカレポエトリ」が年2回発行されているが、新たに加わる大学が増え続け、現在日本全国から15を超える大学が参加している。多様な同世代の書き手が集うこの詩誌のなかで、学生たちには作品発表の「場」が提供されるとともに、同時代の他大学生の詩を読む「場」もまた与えられている。また、七月堂からは詩誌出身のメンバーによる個人詩集「インカレポエトリ叢書」が発刊されており、その冊数は2023年9月時点で22冊を数える。
そのなかからは、今回の登壇者の小島氏と國松氏の詩集が中原中也賞に選出されるなど、現代詩の界隈には新しい動きが起きていると言えるだろう。今まさに生成変化の途上にあるインターカレッジな詩の活動体、それが「インカレポエトリ」である。

 座談会でまず話題にのぼったのは、「大学で詩を書くとはどういうことなのか」について。司会も務めた國松氏は、授業で他の履修生が自分の詩の感想や批評を述べてくれる点が面白かったという。その空間はひとりで詩を書き続ける孤独な「場」ではなく、周りの人間が自分の詩をどのように読んだのか知ることのできる「場」である。確かに大学の授業というと、先生が講義内容を話す一方的な「場」を連想しがちだ。しかし、慶應義塾で開講されていた「インカレポエトリ」の原点である授業「人文科学特論」では、履修者全員が「場」にいる他者の作品を受け止め、応答する。目の前の同世代の人間が、何を考えているのか、詩に何を託しているのか——詩を通じて学生は授業を共にする他の履修生の生に接近していく。だから教室では、和やかな雰囲気にも他者の詩に向き合う真摯な空気が流れているのだ。

 また、大島氏や小島氏は、現代詩との出会いが日常生活からのひとまずの逃避であったと語った。就活に資格試験の勉強……将来への準備を着々とこなさなくてはならない学生たちは、辟易するような日常を詩の助けを借りて克服しようとするのかもしれない。詩を書き、それを他者に読んでもらうこと、あるいは他者の詩を読み、朗読を聞くことは、日常に押し倒されそうになっている学生たちを静かに支えている。人との交流が閉ざされたコロナの時代であってさえ、「インカレポエトリ」はその紙上に大学を超えた詩の交流を果たしてきた。その輪は、個々の大学キャンパスを拠点としながら、詩誌の生み出す横断的な詩の「場」に形を変えて広がっていくと思う。座談会の最後には朗読も行なった。読みながら、かつて教室で読んだ/聞いた朗読を思い出した。会場が凛とした緊張感に包まれていくのを感じた。

↓詩誌インカレポエトリ、インカレポエトリ叢書の詳細はこちら

↓「インカレポエトリ」関連の『三田文學』バックナンバーはこちら
『三田文學』150号(2022年夏季号)

『三田文學』144号(2021年冬季号)

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