ブラジルの備忘録11

備忘録11
ノルミーニャ曰く、片やエリスの家は貧しく、お母さんが、近所の人の洗濯物を洗わせてもらうなどして生計を立てていたらしい。お母さんはエリスに音楽教育をつけるため、ポルトアレグリ交響楽団の指揮者にソルフェージュなどの指導をお願いしていたようである。エリス・レジーナのあの音程の良さは、たぶんこのような練習の賜物であろう。

エリスはポルトアレグリのラジオガウッショなどでキャリアを積むと、サンパウロに出る。サンパウロは商業都市なので、大きなテレビ局がある。ポルトアレグリ→サンパウロは、ポルトアレグリ→リオほど遠くはない。ノルミーニャもエリス・レジーナと同じくらいの時にサンパウロに出て、そこで、バーデン・パウエルに会う。そして、バーデンから指導を受けたようである。エリスとノルミーニャの二人は同じアパートの上と下に住んでいた。

エリスの部屋からはずーと曲を練習する歌声が聞こえていたという。
私も含め、エリスの歌唱は「天才だからなのだ」と片付けてしまいがちだが、かの有名な発明家エジソン曰く、「天才とは90%の努力と10%の才能」らしいから、彼女が天才なのは間違いない。エリスは溢れる才能を持て余すことなく、誰よりも努力をしたのだ。ところで、エリス・レジーナはかなり気まぐれで、気の強い人であり、気に入らないことがあると殴りかかってきたという。

ある日ある時、テレビの番組で、エリスは人形の仮装をし、ギター伴奏のノルミーニャは道化の恰好をしていた。本番中、ギターを弾いていたノルミーニャの手が偶然エリスに当たってしまった。公開録音か何かで客がいたらしいが、観客はそれを演出の一つだと思い、観客は爆笑する。歌の1番が終わり、2番に入ったところで、エリスの反撃が始まる。歌に合わせて、思いっきり腕を広げて、その二の腕をノルミーニャの顔めがけて振り上げる。ノルミーニャは踏みとどまったが、よろけてしまう。観客は爆笑。こんな感じで、最後までノルミーニャはエリスに殴られ演奏は終わり、観客が爆笑の渦のうちに控え室に戻る。
控え室に帰ると、またそこでもノルミーニャはエリスに胸倉をつかまれ、顔面に平手打ちを何度も食らう。

「馬鹿野郎。何様のつもりだい」

罵声をエリスから浴びせられ、エリスに殴られ、ノルミーニャはその暴行に耐えていた。

エリスがジャイール・ロドリゲスとペアを組んで大成功するのは、おそらくこの後だろう。それからノルミーニャはエリスから遠ざかる。リタ・リー、ドリス・モンテーロ、マイーザなどの大スターの演奏をして生計を立てていた。

ところが、ある日ある時、エリスが今はもうない大劇場カネカンでソロ公演をしたとき、ノルミーニャは恐る恐る楽屋を訪ねる。例の一件以来、彼女と口を聞いていなかったから尚更恐れ多い。
ところがエリスはノルミーニャを見つけるや否や近づいてきた。

「ノルミーニャ、もう全てを水に流しましょうよ」

そう言いながら、エリスはノルミーニャにハグをする。エリスは言う。

「私、スターになったのよ!」。

エリスのお腹あたりから、ものすごいエネルギーが出ていることが分かったと、ノルミーニャは言っていた。

つづく

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