全ての人は違いがあって、その違いを認めあえる、世界をつくる*生き方美人009
「保育士起業家」と言う言葉を、彼女に出会って、
初めて聞きました。園という、固定の場所に留まらない、
旅する”保育士”という在り方に魅力を感じました。
彼女の芯の強さを感じた、お話が聞けました。
今日のゲスト 小笠原 舞さんはこんな人。
全ての人が、豊かに生きやすい世界を創る、保育士起業家:小笠原 舞
現在は神戸市長田区在住。1児の母。
旦那、こども、犬と暮らす町は、神戸の震災後も変わらず残る地域に根ざした「人の繋がり」を感じる場所。結婚を機に関東より移住。10年前に園を飛び出し、保育士起業家として保育士のスキルを活かしながら、全国に住む親子へアプローチを始める。また、親子だけでなく保育園や子育て支援施設の監修や保育士への研修も行う。共同代表の「合同会社こどもみらい探求社」をはじめ、子育てコミュニティ「asobi基地」を主催。
現在の住まいの管轄役所内のこども広場の監修。著書も出版。
もともとは、大学時代に社会福祉学を学び、独学で保育士免許を取得するが、卒業後は一般企業に就職。しかし、入社後の自身が感じた、社会課題や人間関係などの、さまざまな問題から、退職を決意。その時、新規で保育園を始める知人との縁があり、保育士になる。はじめは「保育園」で働くが、現場にある課題を見つけたことと、保育士の専門スキルを社会に発信すれば、よりよい世の中をつくることができるのでとはないかという可能性を見つけ、独立。一般企業で働いた経験と、保育士としての、自分の立場や経験から、現場に「違和感」を覚える。
そこから、固定の場所に留まらない、独立した「保育士起業家」としての今の活動を始める。
もし、私が保育士を経験しなかったら、“〜すべき“の多い親になっていたかもしれない。
経験にまさるものはない、
自分の「凝り固まった、固い思考」が変化した経験があるからこそ、
こどもたちに備わっている力の価値を伝えたい。
舞さん:わたし自身、自覚もありますが、
かなり、完璧主義な所がありました。
今だから、思うことは、
「たくさんの出会ってきた子ども達」に
感謝です。
私の中にあった、固定概念を、
彼らは、いとも簡単に崩してくれました。
どんなに小さな子どもでも、
「1人の人間として、素晴らしい。
もうすでにできることがたくさんある!
その子らしさがたくさんある!」
保育士として、たくさんの子どもと関わって感じた、
この思いは今も変わらず、大切な1つの軸となっています。
我が子を産む前に、先に保育士だったから、感じる事のできた客観性
舞さん:ひとつのクラスを担当すると、
1人で、1度にたくさんの子どものことを見なくてはいけません。
この、「1対1」ではない、というのがポイント、
全員に対して、完璧に目を行き届かせるなんて、
到底無理!!
そう思ったら、こどもたちは大人がいなくても、
関わり合い、学び合い、助け合っていました。
その経験は、私が「完璧主義」を手放す、
1つのきっかけになりました。
でも、自分の子どもは難しい(笑)
母になって、対自分の子どもとなると、
「こうしなければいけない」につい囚われていたり、
「こっちの方が良かったのかな?」と迷ったり。
今も、毎日手探りなこともあります。
そんな時は、自分たちの本の内容を思い出して、
【正解なんてない】よね?と、思い返しています。
私自身もその気持ちが分かるからこそ、
「自分の経験」を通して伝えたい、それで、誰かの役に立てるなら。そう思って、包み隠さず、結構なんでも、話すようにしています。
保育士としてなぜ起業したのでしょう?
舞さん:保育士の仕事のイメージとして、
こどもに対して何かを教える印象があると思いますが、
正直私は、そうは思っていません。
なぜなら、「こどもたち」は、自分で気づき、
考える事が出来る存在だと、思っているからです。
だから、その才能がより、
健やかに、「そのまま、まっすぐ」育まれる環境を提供することが、保育士をはじめ、こどもの隣にいる大人の役割だと感じています。
その子らしさを、「大人の固定概念」で曇らせる事が、ないような取り組み、子どもたちと、「関わる大人」が、「どんな考えを持っているか」・「どう向き合い、接しているか」という、人的環境こそが未来をつくっていく。
それを伝えたかったのが、保育士として起業した、
1番大きな理由かもしれません。
出版した、書籍にも書いていますが、「○○しなければならない」という概念を手放し、目の前のこどもを見ながら、自分らしい子育てができる保護者が増えてほしいなと思っています。
こうしなければ!と思っている人たちに、
手を出す前にちょっとだけこどもの力を信じて、
見守って見てほしい。
きっと大人が思う以上に、こどもたちは考えているから。
私たちの思いや活動が広がることで、
「子育てを楽しめる親が増えるのではないか」
そう信じて活動しています。
なぜ、続けていける?
舞さん:私の周りにいる、友人や、私を、よく知る人は皆、「とにかく、まっすぐ一直線」私の事をそう、言ってくれます。
自分ではブレていて、落ち込むこともあるし、
融通が利かないところもあるけれど、こどもたちに対する思いは、
「一本通った、変わらぬ筋」がある。
これを、10年も続けていると、「信頼」してくれている人がいる。
最近、気づいたことなんですが、この「信頼をしてもらえること」って、お願いして出来るものでもないし、「自分の強みなのかな?」と、感じています。
ひとつひとつの依頼を、私なりに、丁寧にお答えしてきた結果が、
今につながっています。とにかく、「怖いくらいに、ご縁に恵まれている」これは、本当にありがたいことだと思っています。
今、気になる事、少しさきの未来について。
舞さん:昨年から、コロナで明らかに世の中の動きが変わったのを、
ひしひしと感じます。
その中で、やっぱり気になるのは、
「子どもの自殺が、増えている」などの、こどもに関わるニュースです。
こどもたちが、生きる社会の中に、
「本当に安心できる居場所」が必要だと思います。
もちろん、家族や友人、学校などのコミュニティーで、
その「本音」を出せて、気持ちが解消できれば、それでいい。
でも現状は、あるようでなかなか、ないのかもしれない、と感じています。
私の経験から
舞さん:私がこの街に移住してきた理由は、
街にそのヒントがあるのではないかと思ったから。
こどもたちの「居場所」が様々なところにある。
近所の中学生達が家に訪ねてきてくれて、我が子を見てくれたり、
ご近所の友人と、子どもの世話をシェア出来る環境。
路地や公園で小学生たちもよく遊んでいて、
のびのび育っている印象です。
昔あった風景がここには残っている。
この恵まれた環境を、ここだけに、留めておくのは、
「もったいなさすぎる」そう思っています。
だから、私が経験しているこの環境を、
少しずつかもしれないけれど、「共有」して、
こどもがのびのびと育つヒントを他の街にも届けたい。
自分だけ、自分の街だけでなく、
他の地域でも「幸せ、安心」を、感じる人がふえるように
「種まき」をしているような感じです。
もし、訪ねて来てくれた、あの中学生達が何かに悩んだとき、
「気軽に話ができるし1つの居場所になればいいな」と思っています。
他の地域でも、こどもたちが気軽に話せる
「居場所=サードプレイス」が街中にある環境へ。
これまでの経験を活かしながら、
できるだけ必要としている多くの子どもたちに届くようにしていきたい。
こどもに関わる大人が、よかれと思ってやることで、
本人たちも、こどもも苦しんでしまうという現実。
そんなサイクルが少しでも減り、
みんなの安心・安全=「平和」な環境に向かうように。
少しでもこどもたちがその子らしく育てる環境になるように、
私ができることを続けていきたいと思います。
編集後記:「強い信念と、熱い思い」お話を聞いて、彼女の中心にある「大切な気持ち、そして経験」が、母としても、女性としても、保育士としても、どの角度を切り取っても「魅力的」そう感じることのできる人である。と、改めて感じました。
短い時間のなかでしたが、直接お話をお伺いすることで、
私もたくさんの、気づきと、発見をいただきました。
舞さん、本当にありがとうごさいました。
(ライター:あさだ けいこ×小笠原 舞)