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60歳を過ぎてから、苦手を克服したいという気持ちが沸き上がり、今までと違った自分でいた…

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60歳を過ぎてから、苦手を克服したいという気持ちが沸き上がり、今までと違った自分でいたいという強い思いから、Web集客をチャレンジ・・今後の未来は自分で作る目標を持っています。そして一人でも希望を持っていただけれたら嬉しいです。

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第七話 これが最後のSNS・Web集客法 

第七話 これが最後のSNS・インターネット集客法  私が最も聞きたかった部分 人から人へと伝えるのが本来のやり方? 50年前からの手法だから変わらない。人をだますような『勧誘』のやり方が問題化しています。 そもそもネットワークビジネスは赤字にうえで成り立っている。二八の法則で二割の人しか動かない、儲けて収入を得ている人は2%と程です。辞める人が多い、儲けられない・・ リーダーだった人は買い込みをして見えを張るそうな・・ 経費も掛かる、再現性がない、リストがない、 興

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      第六話  何故やめたのかリーダーたち、なぁ~ぜ、なぁ~ぜ? 沢山のネッワークビジネスが存在し50年前のやり方を続けている やはりリアルネットワークビジネスに限界を感じている人は多いのかもしれません。ネット集客のビジネスにはかなりの人たちが集まって来ていました。 みんな結果を出したいという思いはあるし、 みんなネット集客に興味があるはず。 そして教えられた通り、SNSでDM(ダイレクトメール)を送ったりしながら ビジネス展開を行っていました。Webでランディングページを作

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        第五話 インターネット集客 風の時代・個性生かす時。 インターネットの時代誰もがスマホを持ち、しかし日本は遅れている。 いつも挑戦してみたいと思っていました。 私もSNSやインスタグラムをしなければ・・先ずはこれだ・・ 先進国でなくなってきている。「日本の現実」 働き方も変わってきている。 リモートワーク、ZOOM会議・バーチャルなど聞きなれない 言葉がどんどん入ってきました。   とはいえ簡単には諦めきれず、何とかできないものかと ネットサーフィンをしながら何か有益な

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          第四話 介護しながらネッワークビジネス挑戦・・ 2010年くらいでしょうか。主人が突然左耳突発性難聴になり、 どんどん体調が悪くなっていきました。 さらに5年後、次は右耳に突発性難聴を発症し、 病院に入院したものの三半規管が悪くふらつき、メニエール病など、 コミュニケーションもとりづらく仕事もどんどん難しくなっていきました。 ちょうど、コロナウイルスで船の中で起こった事件のあと 2020年3月に脳梗塞になり、寝たっきりになるといわれましたが、 リハビリの甲斐があって

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          第三話 ネットワークビジネスとの出会い 時が過ぎ、バブル崩壊、リーマンショック、地価の下落、お墓じまい。 人々のお墓に対する存在価値が変わり始めたような気がしました。 無信仰、祖先を忘れてしまったのか、経済状況が、人の心に大きな変化をもたらしたように感じました。 私たちの経済状況も不安なことが多くなってきました。 そんなある日、 ネットワークビジネスというものが私たちのところに情報が来ました。 1998年ごろのことです。 ある日主人の知り合いの人が、 「レクソールという

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          第二話  霊園事業へ参入

          第二話  霊園事業へ参入 私が40歳の時、主人が不動産業の経験を 活かして 駅から近く5分以内と決め 霊園経営を行うことになりました。 第一期目 霊園事業は共同事業での出発でした。 そこで売れることを確信して、第二期目、 第三期目と墓地事業を拡大開発していきました。 地元の方との話し合いを重ねたり、 竹やぶだったところと畑だったところを 開拓したり、 困難なこともたくさんありましたが 3年~5年がけでようやく 事業開始となりました。 景気もうなぎのぼりでまさに 好景気と

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          第一話 華麗なる出会いと人生の始まり

          第一話 華麗なる出会いと人生の始まり 人生観が変わった出会い・・21歳の春に突然縁談が。 「ぜひ紹介したいと」父の知り合いの方から紹介されたのが、11歳年上の 彼は32歳でした。 すごく立派そうに見え「大人」という感じでした。 ものの言い方、物腰の低さ、どこか優しげで仕事の出来そう、 という感じでした。 第一印象「これは一世一代の大チャンスかも!」 てな具合で結婚はとんとん拍子に成立! 山専門の不動産会社の代表取締役でした。 20代で会社を持ち、従業員は年配の二人

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          プロローグ ・・ようこそ・・

          keikoママです。 この度は私のブログをご覧いただきありがとうございます。 まずは幼少期の頃のことを書き記したいと思います。 私がこの世に生を受けたのは1955年。 幼少の頃は全く何もなかった大阪ですが、 1970年ごろになると南港へと続く地下鉄の交通網までもが 完全に整備されて、どんどん都会になっていきました。 特に大阪の港区は、国際会議施設や展示場などが立ち並ぶエリアとして開発が進められており、昔は海だったそうだが、大きく変貌しました。 埋め立てられた生家、そ

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