【keiko随想】もう28年、まだ28年「阪神・淡路大震災」
今年もこの日を迎えました。
28年前のあの日の朝の記憶は、今もはっきりと残っています。
1月17日「阪神・淡路大震災」はおきました。
神戸から引っ越して間もない北九州で、私はテレビの画面で知ったのです。
もう28年もたってしまいました。
いや28年しかたっていません。
忘れないで欲しい
人は忘れる動物です。
1時間後は50%、1週間後は25%しか記憶に残らないと言われています。
しかし、忘れてはならない事は、くり返しふり返り、復習しながら記憶にとどめておく必要があります。
だから私は忘れないために、あえてここに記すことにしました。
28年前の1月17日に起こったことを!
だれの記憶からも、消え去ることのないように。
未曽有の災害
神戸は地震の起こらない地と、根拠なく漠然とそう信じていました。
でも、その思いは一瞬にして裏切られ、大震災という悲劇をうんだのです。
ひとり神戸に暮らしていた母は、震災時大きな揺れにおどろいて、頭からふとんをかぶったそうです。
その直後、整理ダンスが倒れ下敷きになり、しばらく気を失っていたと言います。
幸い大きなけがもなく、一命はとりとめましたが、どんなに恐ろしい時間を過ごしたのか想像がつきません。
しばらく母とは連絡が取れず、ただただテレビの中の惨状を、うけいれられずに過ごす日が続いたのを覚えています。
忘れてはいけない
母は病気で他界し、今は神戸に身内もなく、名ばかりの故郷となりました。
しかし今も、母や友が震災時を悲痛な思いで過ごしていた時、その場にいなかったことが後ろめたく、よけいにあの災害を忘れられないでいるのです。
とはいえ、痛みを知らない私が多くを語れませんが、毎年成人の日が近づくと、複雑な思いがこみ上げてきます。
ことし神戸市中央区の東遊園地では、1万本の灯篭で「1.17」と「むすぶ」という文字を表したそうです。
そこには「阪神・淡路大震災」が現実に起こったことを次の世代に語り継ぎ「忘れてはいけない!」というメッセージが込められています。
私はきっと死ぬまで、あの時の記憶を失うことはなく、後ろめたさと共に解決のない悲しみを背負ってゆくでしょう。
♬最後までお読みいただき、ありがとうございます♪。