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もう一度『山月記』を読んでみませんか?

【『山月記』の授業を通して感じたこと】

『山月記』(中島敦)という小説をご存じでしょうか?  高校時代に「現代文」の授業で読んだ方も多いのでは?

1942年に発表された作品ですので、もう80年近くも前のものですが、それが現在でも高校生に読まれ続けているとは凄いことですね!

ここで簡単にあらすじをご紹介しましょう。


若くして科挙に合格したエリート、李徴は詩人になる夢を諦めきれず、故郷に戻って詩を書く生活を選んだものの、やがて生活に困り、妻子を養うために地方役人になることに。

しかし、李徴のプライドはその立場を受け入れられず、ある夜、出張先の宿から姿を消してしまう。

翌年、李徴の親友袁傪(えんさん)は、夜明け前の山中で、虎と化した李徴に再会し、李徴の苦しい胸の内を聞くことになる・・・。


この5、6年、2年生の授業を担当し、毎年、『山月記』の授業を行ってきました。もちろん、これまでにも何回も授業で扱ってきたわけですが、何回読んでも胸がチクりとする場面があります。

以下に、その場面を教科書(数研出版)から引用します。

*****

おれは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、また、おれは俗物の間に伍することも潔しとしなかった。ともに、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心のせいである。

 ・・・中 略・・・

人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが、何事かをなすにはあまりにも短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とがおれのすべてだったのだ。・・・

*****

この部分を生徒の前で朗読する度に李徴の気持ちに自分を重ね合わせて苦しくなるのです。「中国語関連の仕事をしたい」と口では言いながら、その道に一歩踏み出す勇気が無いまま、過ごしている自分こそが李徴なのではないか!と。

中国語で仕事をするなら、もっと語学力を磨き続けないといけない。

収入の不安定さも受け入れなければいけない。

その努力を避けて、その苦しさを避けて、今の自分がいるのでは?

李徴は私?

この自問自答は頭の中で繰り返され、気がつくと、思い入れたっぷりに朗読している自分がいます。まるで自分の告白を高校生たちに聞いてもらっているような気分を味わい続けてきました。

今も状況が変わった訳ではありませんが、ほんの少しだけ、中国語の道に踏み出したことで、「虎」にならずに済むのかな・・・と秘かに胸をなで下ろしています。

【 漢 詩 】

次に、『山月記』の中に出てくる漢詩について、ご紹介したいと思います。

ご存じの方も多いと思いますが、『山月記』は、『人虎伝』という、中国の小説を基にして書かれています。(『人虎伝』の成立年代等については諸説あるようです。)

小説中の漢詩は、この『人虎伝』に出てくるものです。

かつての親友袁傪に出会った李徴は、自らは岩陰に身を隠しながら袁傪と会話を交わします。その中で、人間であった頃に作った漢詩を袁傪に朗誦して聞かせ、伝録してほしいと頼みます。

最後に、自分が李徴である証拠として、現在の自分の心境を詠み朗誦してみせたのが、次の七言律詩です。

(授業用プリントを基にしています。書き下し文や現代語訳については別の書き方も考えられると思いますので、ご承知おきください。)


偶  因 狂 疾 成 殊 類

     偶(たまたま)狂疾に因つて殊類と成る

災 患 相 仍 不 可 逃

   災患相仍つて逃がるべからず

今 日 爪 牙 誰 敢 敵

  今日は爪牙(そうが)誰か敢へて敵せんや

当 時 声 跡 共 相 高

  当時は声跡共に相高かりき

我 為 異 物 蓬 茅 下

  我は異物と為りて蓬茅(ほうぼう)の下にあれども

君 已 乗 軺 気 勢 豪

  君は已に軺(よう)に乗りて気勢豪なり

此 夕 渓 山 対 明 月

  此の夕べ渓山明月に対し

不 成 長 嘨 但 成 嘷

  長嘨(ちょうしょう)を成さずして但だ嘷(こう)を成すのみ 

【現代語訳】

ふとしたことから心を病んで、獣になってしまった。

災難と病気が重なって、この不幸な運命から逃れることはできない。

虎となった今日では、自分のこの鋭い爪や牙に誰が敵うだろうか。(いや、誰も敵わない。)

昔、進士に登第した頃は、お互いに名声も実績も高かったのに、

今や自分は虎となって草むらに隠れ、

君は立派な乗り物に乗って、素晴らしい勢いである。

この夕べ、谷川や山を照らす明るい月に向かって、

詩の朗誦はできず、ただうなり声が出るだけなのだ。

詩の形式:七言律詩

押韻:逃tao高gao豪hao嘷hao 

    (通常、七言詩は1句目も押韻しますが、この詩は押韻していません。)

対句:3句目と4句目、  5句目と6句目

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虎と化した自分と、順調に出世街道を歩む親友袁傪。今や比較しようもない境遇を李徴は嘆き、即興の詩を詠んだのでした。

【最後に】

もう人間には戻れない李徴。

李徴の詩を聞きながら、その素晴らしさを評価しつつも、どこか「欠けるところ」があるのではないかと感じる袁傪。

李徴の「欠けるところ」とは何だったのでしょうか?

気になる方はぜひ、今一度『山月記』を読み直してみてくださいね。高校時代とはまた違った感想との出会いがあるかもしれません。

夜明けと共に「白く光を失った月」を仰いで咆哮する虎ーー李徴。その「薄れていく月」こそが、失われゆく、李徴の人間性ではないか、と解釈されています。

毎回、授業の最後には、「あなたの心の中の猛獣」は何ですか? と問いかけることにしています。自分でも制御することのできない、「心の中の猛獣」・・・気になりますね。

ところで、「あなたの心の中の猛獣」は何ですか?



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