見出し画像

神楽坂景観塾 03

第3回ゲストレクチャラー
千葉工業大学 教授
八馬智 Satoshi Hachima
1969 年千葉県生まれ。千葉工業大学創造工学部デザイン科学科教授。専門は景観デザインや産業観光など。千葉大学にて工業デザインを学ぶ過程で土木構造物の魅力に目覚め、札幌の建設コンサルタントに入社。設計業務を通じて土木業界にデザインの価値を埋め込もうと奮闘したものの、2004 年に千葉大学に戻りデザインの教育研究に方向転換した。その後、社会や地域の日常を寡黙に支えている「ドボク」への愛をいっそうこじらせた。2012 年に千葉工業大学に移り、現在は本職の傍らで都市鑑賞者として日々活動しながら、さまざまな形で土木のプロモーションを行っている。著書に『ヨーロッパのドボクを見に行こう』(自由国民社、2015)がある。


前半は八馬先生に『続けることで見えるもの』についてレクチャーを頂き、後半は参加者からの質問を募集し議論を重ねました。以下、レクチャー及び議論の内容についてレポートします。


レクチャー『続けることで見えるもの』

八馬先生からのレクチャーは大きく、
・なぜドボクマニアとして調子に乗っているのか
・外側から見た土木のプロの特徴
・デザイン教育で試していること

についての3セクションです。

画像2

−なぜドボクマニアとして調子に乗っているのか

 自己紹介も兼ねて、“なぜ最近調子に乗っているのか”と言われている事についてお話頂きました。八馬先生はデザイン(工業意匠)を学ばれてから建設コンサルタントで主に橋梁のデザインをされていました。その後、大学で教育者、研究者としてご活躍されていますが、ご自身の事を都市鑑賞者と呼び、プロ出身のマニアだとご紹介頂きました。

 土木の面白さは、話し手の姿勢次第でいろんな人に伝えることが可能という事をご自身の体験と共にお話して下さいました。その確信が得られたきっかっけは、本の出版だったそうです。本を出版された事で、様々な職種の方との繋がりが生まれ、土木が本流ではない場でのお仕事が増えたそうです。

 一度、土木から離れていた八馬先生ですが、プロ出身のマニアとしての活動のきっかけは、2つの大きな経験があったからだそうです。1つ目のきっかけとして、ドボクマニアの方々との交流は大きかったそうです。交流する中で、自分が面白いと思った事は、相手も面白いと感じていたという実感を得られたそうです。2つ目はオランダでの生活体験と景観体験だとお話して下さいました。オランダで色んな風景を見る事で、価値観の多様性を実感できたと言います。


−外側から見た土木のプロの特徴

 土木の専門家について、慣習やプライド、自己保身等の思考停止の姿勢を感じることが多いと仰っていました。そこで、専門家に対して視野を拡張させる意識改革を起こす情報発信は急務であるともお話頂きました。

 デザインを学ばれてきた八馬先生から見ると、土木の人は問題解決である「なにをつくるか」は上手ですが、問題発見と問題提起である「いかにつくるか」が苦手だと分析されていました。それは経済成長期における工学教育の中心が、具体的アプローチである問題解決にフォーカスされているからではないかと仰っていました。しかし、低成長時代ではどちらの視点も必要で、景観やデザインは抽象的アプローチである問題発見と問題提起に直面するとお話して頂きました。

 更に、デザインの話で詳しく説明して頂きました。B to C(民生用商品)とB to B(業務用商品)で考えるとB to Cの場合、市場原理が働きデザインの水準が上がりやすいのに対して、B to Bだと関係者のためのデザインになりやすく良くも悪くも「ピュア」になりやすいそうです。特にB to Bの世界ではデザインへの誤解がまだあるそうですが、実体のある「カタチ」を生む以上「デザイン行為」は必要不可欠であり、土木の場合、官民のエンジニアこそがデザイナーだと解説して頂きました。

 日本における土木デザインは、エンジニアや発注者の個人のマインドや力量に大きく依存してしまっているとご指摘されていました。「文化」の観点が希薄であり、それを教育に取り入れていく必要性をお話して頂きました。

−デザイン教育で試していること

 デザイン教育においても、マインドセットの転換が重要な課題であると仰っていました。高校までの「正解がある世界」の教育から大学以降の「正解を自分でつくる世界」への転換のことです。

 特に最近は世の中の変化が急速で、教育が追いついていない事を実感されるそうです。そこで、八馬先生が実践されている「グランドルール」についてご紹介頂きました。オリエンテーションを通して「生徒」から「学生」へのマインドセットを行なっているそうです。このマインドセットにはポイントが2つあり、早い段階で行う事と繰り返し行う事が大事だと仰っていました。


ディスカッション

 ここからは、レクチャーを受け寄せられた質問や疑問を元に議論された内容について記しました。(ディスカッション内容は会場も含めた文章となっています)

画像2


−日本の土木デザイン

“日本の土木が個人に依存している事について詳しくお聞きしたいです。”

日本の場合はルール通りに行う事で満足していて、見た目に気を使っていないと感じます。発注者がそれに気づいている場合はコンペを実施したり、受注者そのものが丁寧に行ったりするのですが、それのみで賄われていると思います。綺麗な整ったものをつくらなきゃいけない、という社会的合意がないということです。


“個人に依存しないためにはどうすればよいのか。”

すごく大事だと思うのは、仲間がいるかどうかだと思います。私の場合は社内にあまりいなかったのですが、景観研究会という場で同世代くらいの人と議論する事が出来ました。こういう場とかでもいいと思いますが、仲間を作るというのは大事だと思います。


−教育者として

“教員をしていて嬉しい事は何ですか。”

デザイン教育ということではなく、純粋に学生が成長する事は嬉しいです。
特に後から分かって貰えるという事は大きいです。先ほどのマインドセットの話だと、入学したての学生は分からないけど、4年生にくらいになると分かっているみたいな感覚です。後から「あの時のあの言葉は覚えています」という風に言われると嬉しいです。


−マインドセットを変える

“土木の場合だと正解から教えてくるケースもあります。まず、学生ではなく教員のマインドセットの変更が必要なのではないか。”

教員の世界ですと研究と教育と社会貢献が職務になるのですが、たまに研究しかできない人がいたりする事があります。社会に適応できなかった人が権威を持つ世界もありますし、あっても良いと思うのですが、土木においては社会に接続できる人でないと困りますよね。なので、教員に対するマインドセットの変化は必要だと思いますし、私が行ったグランドルールも教員向けに行われた講習で得た知識が始まりです。

“学生のグランドルールを社会人教育ルールに置き換えるとしたら、何がポイントになりますか。”

社会人に言うと角が立ってしまうので、入学したての学生だからこそ成立しているとは思います。当たり前の事を言われたら、大人は頭にきてしまいますよね。生徒から学生へという文脈だからはまるというのはあります。

土木技術者に対してどうマインドセットに近い事を働きかけていますか。”

講演とかでは、あまりストレートには言わないようにしています。たまに、思考停止していないかみたいな事は言ったりもしますが。デザインは考えるという事で、考える事がデザインで、それをしなくてはいけないのです。なので、慣例で思考停止にならないようにしましょうという言い方はしています。


−良い土木を作る

“土木業界のデザインに対する理解が低い事は分かりますが、今の業界に未だ浸透していないのはなぜだと考えますか。”

難しい問題だと思いますが、慣性が働いているのだと思います。高度経済成長期の成功体験の高揚感のようなものが残っていると感じます

”それは世代が変われば解決するという事ですか。”

いや、システムがそう作られてしまっているので変わりません。システムなので簡単に変わってはいけないのですが、理解していないのに形骸化していて、結果として困るという事がありますよね。

良い土木が生まれるために社会側(C)に求めることはありますか。”

いや...C側は責任がないですから。やらなきゃいけないことも無いですよね。

”専門家が軽んじられているみたいな話があったと思いますが、それはC側発信のことに繋がるのではないですか。”

C側の一般市民の方に理解してもらえる様に、適正な情報を適正なタイミングで発信していく事は必要だと思います。


−マニアになるには

“土木を見る時に意識している視点は何ですか。”

なんですかね...何かに見立てて見る事もありますし、橋梁なんかだとエンジニア的な見方で力の流れ方とか施工の方法とかを考えて見ます。

見方でいうと、手触りっていう言葉を使われていたので、そういう視点は持っているのかなと思ったのですが。”

見立ての手法に近いと思います。集合体として、連続体でどう現れているかを見たりします。

“見方はいつ決めますか。見にいく前なのか、見た後に決めるのか。”

その時、その瞬間です。
それこそ、現場で写真撮っているときは対象しか目に見えていないくらいなので...
見方はトレーニングだと思います。

“でもそれはトレーニングできないですよね。”

自分の中にフィルターを持つというのはあります。フィルターがあることで、反応できるので。例えば自分がネーミングしたフィルターのひとつである「ラッピングコレクション」なんかは、普通旅先でがっかりしてしまうことでも、アーカイブ化することで良いものに出会えたって気分なります

経験、知識は必要ということですね。普段多くの人が見えていないものを見るという事ですから。

“マニア的な「いい」を人に伝えるにはどうすれば良いですか。”

最近は逆に分からなくなってしまったという事はあります。今まで趣味だって言っていた事が仕事になっているので、言語化をしなければいけなくなるんですが、言語化すると飽きてしまったりもします。ライフワークとして、趣味の延長線上の事は大事にしたいと思っているのですが、発注者は教育をやりたがります。趣味の延長にあるという見方が欠けているので、その考え方は変え続ける努力が必要だと思います。


−社会と学校

「社会に出た時に教員の方が社会よりも進んでいると感じた。」
「教員にこそ思考停止状態が多いと感じる。」

どちらも意見が出ていますが、マインドセットが固まっている教員が技術を持っている状況で、なにを考えれば良いのか。“

どちらが正しいという事ではなく、両方の立場や思考を理解しようとする寛容さが大事だと思います。多様性の尊重が重要で、適材適所だと思います。私が今“調子に乗れている”のも多様な事をやりたいという需要が生まれているからだと思います。色んな分野から仕事が求められているので、私たちはそれを拡張していくことが必要だと思います。


−カタカナ・ドボク

“都市を鑑賞する時に対象物が多くある中で、ひっかかるドボクは何ですか。ドボクとそうじゃない土木はどう選り分けていますか。”

そうですね、ドボク...
私は初め、マニアたちは工場マニアも団地マニアも同じカテゴリーだと思いました。反応するポイントも割と同じなので。でも、団地って土木なのかって議論をしたのです。その時に、暫定的にカタカナ・ドボクでという事になったのを使っているという事です。ただ、それは私も感覚としてあって、美しく見られようと思って出来ていないものに対する私の愛で方で、それに反応しやすい気はします。


−オランダの土木

オランダが八馬先生にもたらした影響は何ですか。”

例えば、アムステルダムの橋(ヤン・シェーファー橋)を見たときには、なんかカッコ悪いスパン割の変な橋だと思ったのです。当時は詳しく調べなかったのですが、数年後に訪れた時に謎が解けて、イベントの時に桁が外されていたのです。イベントの時に帆船を通すのですが、それが5年くらいに1回くらいなのです。その為だけに、あのデザインにしてしまうのがオランダ人という事です。割り切りが凄いという事です。オランダ人はとにかく、コンセプトに対してとても合理的なのです。


−デザインの話

長い時間愛される土木のデザインはどうすればいいのですか。”

具体的にこうだっていうことはないと思います。先ほども正解はないと言いましたし、絶対的な正解はないと信じています。
ですので、地域性や地形をどれだけ読み込めるかだと思います。歴史は地形に付随しているので、まずは地形を見る事とそこに暮らしている人たちの事(コミュニティ)ですかね。土木は自然の脅威にどう対応するかという物なので、地理地形に対応することが基本になると思います。それを今できる技術で対応する事になるので、技術を知っていないといけないと思います。

“結局は20年前に言われていた事と変わっていないという事ですか。歴史や地形ということ自体が時間に耐えうるワードでもあるということだと思います。”

そうかもしれないですが、オランダの土木というのはこれとは別で存在しています。オランダの国土の多くは干拓地の埋め立てなので、土地に文脈がないからこそ出来るという、つまり日本では建ててはいけないという事です。

画像3


“景観デザインと土木デザイン、どちらの言葉が好きですか。”

どちらもそれほど好きではないですが、景観デザインという言葉を使っています。なんとなくですが、人間に近いような気がするので。行為ではなく現象なので、「土木」は素材ですからね。

“それは土木デザインはB to Bと景観デザインはB to C の話に転換できるように感じました。”

人がいて初めて成立する概念という事が、根本にあるのかもしれないですね


−最後に

“今後やりたいことは何ですか。”

今は別にないですね。今が楽しいので。今まで目標を掲げてきた人生ではなかったので、今後も目標は持たずに今を楽しむことをしたいですね。

“目の前のことを楽しんで、楽しませていくっていうことなんですかね。”

いや、楽しませるということもなく割と受け身で楽しみたいです

-----------------------------------------------------------------------------

  第3回神楽坂景観塾には特に社会人の方にも多くご参加頂き、活発な議論が行えたのではないでしょうか。八馬先生からはご自身の歩みや現在のお仕事、土木全体の話から教育に関する事までお話して頂きました。小休憩やディスカッション中にはマニアと呼ばれるに相応しいコレクションも垣間見させて頂きました。大変貴重なお話を頂き、ありがとうございました。

 八馬先生のブログは以下よりご覧いただけます


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?