NO28.「あるくみる・かんがえる」そうだ皇居に行こう
皇居は不思議でミステリアスな存在である。
果たして以下の3つの疑問に即座に答えられる人はどのくらいいるだろうか?
1. 東京の中心にありながら行ったことがない都民が何故多いのか?
2. 前身の江戸城の天守閣はなぜ今日まで再建されてこなかったのか?
3. 明治2年明治天皇が京都御所から江戸城(現皇居)に引越し日本の首都は東京になったが、この遷都の公式な決定や発表は今日まで全くなされていないのは何故か?
1についての私の答えは、「在京や近県の小中高の校外学習などで生徒たちを皇居にあまり連れていかないから」である。学校だけでなく家族で行くこともあまりない。
つまり子供時代に行っていないことが皇居を遠い存在にしていると思うのだ。大人になっても千鳥ヶ淵の桜見学などを別にすれば行く機会はほとんどない。
生まれてこの方東京に住んでいるのに、地方から来た友人や外国の訪問者に対し東京の中心的存在である皇居について案内も説明もできないのはちょっとみっともないような気がする。
しかし、ここは徳川幕府260年の政治が行われた江戸城だったと考えるとその歴史的な価値は計り知れない位大きい。東京駅のほぼ真正面に位置し、東京ディズニーランドの2倍の広大な広さを誇り、歴史的な建造物や庭園、木々や花、植物、昆虫など豊かな自然が残されている名所と考えると行ってみたいと思うのが自然なところだろう。
皇居を一般の人が観光する方法は二つあるが、意外と知られてない。
一つは、宮内庁が1日1000人を定員(2024年1月現在)に実施しているガイド付きの皇居一般参観ツアーだ。所要は1時間20分。
(詳細と申込)https://www.kunaicho.go.jp/event/sankan/sankaninfo.html
先月このツアーに初めて参加をしてきたのでそのスナップ写真を以下に紹介しよう。
結論から言って東京都民はできればこのツアーに一度は参加すべきだ。
普段は入れない皇居の中に一部でも入って説明をききながらその歴史的な櫓や橋などの施設を見てその雰囲気に浸ることは皇居を身近なものとして感じることができる。
外国人は、英語、フランス語、中国語、韓国語、スベイン語などの言語別にグループ分けし、それぞれの言語のガイドが同行して説明してくれる。至れり尽くせりだが参加費が無料なのが凄い。
もう一つは、だれもが訪れることができる「東御苑」(ひがしぎょえん)内を自由見学する方法だ。
ここには江戸城の天守閣跡がある。67メートルの高さの天守閣は江戸時代の最初の50年間だけ存在して1657年に火事で燃えてしまった。今は寂しいかなその土台だけが残っている。
(東御苑マップ) https://www.kunaicho.go.jp/event/higashigyoen/gyoen-map.html
2つ目の疑問は、この天守閣は何故再建されていないのかという点だ。
もし皇居に江戸城の天守閣があればどれだけ多くの観光見学需要が見込めるかと誰もがソロバンをはじいてしまう。
東京駅から江戸城の天守閣が見える風景を想像して欲しい。そればレプリカでも観光面でのインパクトは絶大だ。名古屋城も大阪城も復元した天守閣があるのに江戸城にないのは残念でならない。
予算規模の大きい東京都も本気で支援すれば経済的に難しくはないのではと思う。
徳川将軍が住んでいた江戸城の中心の本丸跡や大奥跡も今は天守閣跡の近くで芝生広場になっているが、もう少し歴史を感じさせる演出があってもいいのかもしれない。
3つ目の疑問、東京遷都についても大きな謎だ。
天皇が京都から東京に引越しをしたことは歴史上の大きな出来事に違いないが、どの歴史の教科書も事実としてさらっと触れているだけだ。
このような一大事について公式なアナウンスが国としてなされなかったのは信じがたいことだ。発表がなかったからその理由説明もされていないのだ。
「と言われている」という表現でまとめると、その主な理由として、東北や北海道を治めるには京都より日本列島のより中央にある東京の方がいい。京都は物心とも狭い土地柄で新しい政治がやりづらい。新政府には新首都がふさわしい等々が理由とされているが、決定的なエビデンスは残されてないようだ。
当時の人たちがどのように受け止めたのか興味がつきない。
以上大きな3つの疑問を持ちながら、ぜひ皇居=江戸城により多くの東京人が行くようお勧めしたい。
特に子供たちに見せて上げて、この街と国の歴史を学ぶ機会となれば意義深いに違いない。
それではお気を付けていってらっしゃい。