NO40. 「あるくみる・かんがえる」箱根の不思議
箱根に4つの不思議がある。
現役時代の夏、箱根の宿に籠もって試験勉強や原稿執筆をしばしばした。自宅から比較的近く、涼しく集中できるのが選んだ理由だった。
芦ノ湖畔桃源台近辺のホテルに泊まり、そこから芦ノ湖の水門までの間に芝生の静かな公園(名称は「つどいの原っぱ」)に行き長い時間を過ごすことが多かった。
緑に囲まれ静かな箱根らしい所だったが、不思議と観光客を見かけることはほとんどなかった。
何故来ないのか、彼らはこんな公園には見向きもしないで、観光バスや遊覧船、ロープウェイなどに乗って箱根中を動き回っているのだろうか、と首をひねったことを思い出す。
私は低山ハイカー。この秋は箱根外輪山の乙女峠から長尾峠、桃源台までのハイキングコースと、箱根湯本から箱根関所跡まで石段が残る東海道53次の旧道を歩いた。
どちらも箱根でよく知られるウオーキングのコースだが、残念ながらどちらも歩いていて車の騒音が気になる道だった。前者は途中有料道路の箱根スカイラインの隣を平行して歩く区間があったし、後者は、アスファルトの国道を沢山の自動車に気をつけながら歩く区間があり残念だった。
隅々知っているわけではないが、箱根には静かな森の中を歩くようなハイキングコースはないのかもしれない。
そういえば箱根にハイキングに行くという人はあまり聞かない。森と湖が美しい国立公園なのに不思議なことである。
芦ノ湖面の奥に富士山が見える写真がよく絵葉書になっている。
だが、この湖から見る富士山は外輪山越しに遠慮がちで小さく見え、迫力ある富士とは言えない。(トップ画像参照)
芦ノ湖エリアできれいに大きく見れるお勧めスポットは、箱根スカイラインの途中にある「富士見ヶ丘公園」だ。
芦ノ湖畔よりはるかに大きく裾野まで広がる富士山の全景が見える。残念ながらここ行く公共交通機関はない。マイカーやタクシーで行かざるを得ず、長尾峠や湖尻の水門から歩いていく方法もあるが1時間程度の登山が必要で高齢者には無理だ。この不便さでおそらく訪れる人はそれほど多くないと思われる。
つまり、箱根は富士山を見るベストスポットにマイカー以外で簡単には行けない不思議な(不親切な)場所なのだ。
箱根には2社のバスが走っている。「箱根登山バス」と「伊豆箱根バス」で、名前が似ていて覚えづらい。前者が小田急系、後者が西武系なので、小田急バス、西武バスと名乗ってもらった方がわかりやすい。
両社の路線網は重なっている区間とそうでない区間があり特に初めて人にはわかりにくい。
それでも統合された路線図や時刻表があればいいが、それは印刷物としては存在せず、ネット上(小田原市と箱根湯本町のHP内)で統合路線図(PCでの閲覧推奨)が見れるだけである。それぞれの会社はまるでお互いが存在しないように自社のバス路線図だけを印刷物として配布している。
ライバル社への誘導は避けたいのは当然かもしれないが、消費者目線では不親切なことだ。
この状態が未だ改善されないのも不思議の一言につきる。
これらの4つの不思議の背景が、青山学院大学の高嶋修一教授著「山の観光史」(日本経済評論社)で見事にあきらかにされている。
私は本年、世田谷区が運営している「世田谷市民大学」の経済ゼミ(テーマ:観光の経済史)に参加している。その講師が高嶋先生で、この本は課題図書として知ることになった。
その8章「箱根山戦争」で、戦前より小田急グループと西武グループが箱根のバス、道路、遊覧船など交通事業展開で激しい競争関係にあり、現在も基本的にその状態が続いているが述べられている。
そしてこの本では交通事業者が主導するリゾート開発のビジネスモデルを以下のように分析している。
「滞在客を逗留させるのでなく短時間でサッと来させてサッと帰らせ、人をぐるぐる回すかのように捌くことで、交通機関と宿泊機関の回転率を高めて利益をあげるというのが、ここでのビジネスモデルである。
1泊客や日帰り客が長期滞在者に比べて歓迎されないということには必ずしもならない。なぜなら、客の回転が速ければ速いほど交通事業者は儲かるからである。」
つまり、観光客が湖畔近くの静かな公園には来ずエリア内を動き回っているのも、自動車道から離れた静かなハイキングコースがないのも、富士山が大きく見えるスポットにはマイカー以外は行きにくいのも、そしてバス会社2社が絡み合いながら走っているのも、その大元は交通事業者が回転率を高め利益を上げるために競争していることに端を発しているとなり、「不思議」の謎が解けるわけである。
これを知り私は、このような旅行を「乗り物ツーリズム」と呼ぼうと思いついた。乗り物に乗ることが目的のひとつとなる旅行を指す。
箱根にロマンスカーから登山電車に乗り換え、ケーブルカーやロープウェイに乗り海賊船の上から芦ノ湖を観光することや、マイカーで箱根の有料道路のドライブを楽しむような「乗り物ツーリズム」を多くの人が楽しんできた。
一方、旅行やその楽しみ方の多様化が進み、「乗ること」から「すること」に旅行の重点が少しずつ移りつつあることも事実だ。
ハイキングなど旅行先で自分の趣味を楽しむのはその典型だろう。
「乗り物ツーリズム」の時代は少しずつ変わりつつあることを肌で感じないか。
話は将来に飛ぶが、車やバスの自動運転がそのうち実現する。
それにより事故や渋滞、道迷いなどトラブルが激減し、より安全で効率的な交通体系が実現すると期待される。
結果、私はマイカー含めすべての乗り物が半ば実質的に公共交通機関化するのではと予測している。
すべての交通が管理されると交通戦争はなくなる。マイカーの意味は変わり、楽しみたい人は特別なエリアだけで自らの運転を楽しむようになるかもしれない。
そうなると逆に、街もリゾートも、歩いたり自転車に乗ることにより重きがおかれるだろう。それは旅行も然りである。
そんな時代の箱根に是非改めて行ってみたいものだ。 (了)