俺、母さんと同じこと自分にしてたわ
文章の書き方のことで、たまに相談を受けることがある。
たとえば、こんな感じだ。
「何を書いていいのかわからない」
「どんなふうに書けばいいのかわからない」
「思ったように書けない」
そのたびに「技術的なことを聞きたいんだろうなあ」って思う。
結論から言おう。
書けないことと、技術はあまり関係がない。
そもそも、技術を身につけたからといって「あの人の文章って、なんか好きなんだよね」とはなりづらいのだ。
人の心に響く文章だったり、自分らしい文章だったりを書きたいなら、技術のことはいったん忘れたほうがいい。
と、ここまで書いていたら、もう一人の僕が僕に言った。
「おい、おまえ。それ、自分のことじゃないか。今日のネタが思いつかないことを、この記事のネタにしようとしてるな? 自分のこと棚に上げて、専門家気取りで偉そうなこと言いやがって」
そう、かな?
そうかも、ね。
そうだわ(笑)。
冒頭に書いた悩みは、まさに今、僕が悩んでいることだったりする。
今日は、何も思い浮かばない。
書けないのだ、ははは(笑)。
そんなとき、自分にどんな質問をするのかが大事だ。
「なんで俺、書けないんだろ。才能ないのかな?」とか、言っちゃダメなのだ。
そうではなくて、「あえて書かないことを自分で選んでいるのだとしたら、それはなぜ?」
と、問うてみる。
前者は、書け「ない」前提で考えている。
後者は、書け「る」前提で考えている。
この解釈の違いが、反応の違いになり、選択の違いになり、行動の違いになり、人生の違いになっていく。
と、僕は師匠から教わった(笑)。
んで、本題。
なんで書かないことを選んでるんだろうって、僕は素直に考えてみた。
そこで出てきたのは、
「ちゃんとしたことを、書かなきゃ」
だった。
ちゃんとしたことって何だよって感じだけれど、結局、僕は誰かと自分を比べているのだと思う。
人と比べられるのが、いちばん嫌いなくせに。
「バスケを続けるべきだったんだよ」
女子サッカー地区代表選考会の最終予選で落ちた僕に、母は言った。
当時、僕は女子サッカーのクラブチームに所属。
ポジションは、ゴールキーパー。
サッカーをはじめて四年目に突入したとき、地区代表の選考会に呼ばれるようになった。
あたりまえだけれど、サッカーがうまいひとしかいなかった。
地区代表の選考会に集まるひとたちは、たいてい小学生のころからサッカーをはじめている。
僕は高校二年生からはじめた。
必死で練習したけれど、どうしても技術面では彼女たちに敵わなかった。
あるとき、技術がないと悩む僕に、チームのコーチは言った。
「おまえのよさは、気持ちの強さと体格のよさだ」
その言葉に僕は驚いた。
技術がないと地区代表の選考会に呼ばれないと考えていたからである。
技術で呼ばれていないのは悔しい気もしたけれど、コーチは僕の気持ちを察したのか言葉をつづけた。
「技術は教えられる。でも、気持ちを強く持つ方法は教えられない。本人次第だ。それを、おまえは持ってるんだよ」
それを聞いて、僕は「ほふぅ」と密かに喜んだ。
今は技術がなくても、いずれ身につく。
ここで諦めてたまるか、と思った。
僕は時間さえあればサッカーの練習をした。
そして、地区代表選考会の最終予選。本来、ゴールキーパーは二人選ばれる。その年はチームの事情で一人しか選ばれなかった。
僕は落とされたのだ。
悔しかった。
悔しくて、悔しくて仕方がなかった。
選考会が終わって帰宅すると、家には誰もいなかった。母が仕事から帰るのを待ち、僕は「ダメだったよ」と伝えた。
そのときに言われたのが、
「あんたは、バスケを続けるべきだったんだよ」
である。
僕はバスケのスポーツ推薦で高校に進学している。
なのに一年で辞めた。
練習についていけず、ケガに泣かされ、先輩や同級生との人間関係がうまくいかなかったからだ。
僕がバスケを辞めたいと言ったとき、母は何度も反対した。
でも、僕の意思は変わらなかった。
そのときから母は、僕が何かに失敗したり、行き詰ったりするたびに言うようになったのだ。
「あんたは、バスケを続けるべきだったんだよ」と。
僕は、この言葉が嫌いだった。
言葉自体が嫌いだったのもあるが、たいていこのあと誰かと比べられるのが心底イヤだったのだ。
「あそこの子は、こうなんだって。すごいよね」
「あんたとは違うわ」
「あの子はこうなのに、どうしてあんたは」
といった具合に。
そのたびに、僕は思った。
なんでそんなふうに言うんだ。
俺はバスケは辞めたんだ。
今はサッカーなんだよ。
どうしていつも、妹や弟、友だち、幼馴染と俺を比べるのさ。
誰かと比べないで、ちゃんと俺のことを見ろよ。
あ、そうか。
そうだった、そうだった。
僕が人と比べられたくないのは、どれだけ頑張っても母に認められない気分になるからだ。
そして今、母と同じことを僕は僕にしている。
だから、本当の自分みたいなものが「ひとと比べるな、ちゃんと俺だけを見ろよ!」と騒いでいるわけだ。
そうか、そうか。
僕は自分に申し訳ないことをしたな。
「ちゃんとしたことを、書かなきゃ」なんて言わないで、感じていることをそのまま書けばいいか。
妙に納得した僕は、ようやく机に向かい、これを書き始めることにした。
人と比べられるのってイヤだよな。
その気持ち、俺、すごくわかるよ。
でも、気にするなって。
俺は、見てるからね。
誰とも比べずに、ずっと見てるからね。
僕が心のなかで呟くと、22歳の僕が笑った気がした。