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【Dappi問題】発信者情報の目的外利用と開示請求での立証

 Dappi(@dappi2019)について、小西ひろゆき議員(@konishihiroyuki)のツイートをきっかけに波紋が広がっています。発信者情報開示手続の問題をいくつか論じたいと思います。

そもそも開示手続で何が「開示」されるか?

プロバイダ責任制限法(正式名称「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」)は次のように定めます。

第4条1項
(前略)当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。

これを受けて総務省令がさらに氏名、住所、メールアドレスなどの具体的な開示情報を定めています(今回は割愛)。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=414M60000008057

ポイントは「発信者の特定に資する情報」ということです。

発信者本人の情報でなくても開示される

話題になったことの一つは、発信者情報は必ずしも発信者本人の情報とは限らない、ということです。

前記のとおり「発信者の特定に資する情報」であれば良いので、たとえば『発信者(個人)が使っていた社内wifiの契約者住所・名称』が、通信会社から請求者に開示されることは十分あり得るのです。

似た相談でよくあるのが「開示請求がきたけれども回線契約者の自分は何も投稿していない。同居の子どもかその友達が投稿した可能性はある」というものです。
この場合「自分は投稿していない」という理由で開示を拒否するのは困難です。なぜなら通信会社は、誰が実際にその家庭の回線を利用していたかは分かりません。そのため「発信者の特定に資する情報」としては回線契約者の住所・氏名等を開示するしかないからです。
あとは、請求者と回線契約者が、民事訴訟の手続で、実際には誰が発信したのかを争うことになるのが通常です。
※ 回線契約者が法人であれば、開示請求者は、回線契約者に対してさらに発信者情報開示請求を行うこともあり得ます。

深澤弁護士のnote、Q20やQ57もご参照ください。

開示手続で得た情報の目的外利用

さて開示手続で得た発信者情報は公表して良いのでしょうか?
答えはNOということになります。

プロバイダ責任制限法 第4条3項
(令和3年同法改正の施行後は第7条)

第1項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない。

プロバイダ責任制限法4条3項について、総務省はこのように解説しています。
https://www.soumu.go.jp/main_content/000671655.pdf

発信者情報開示請求は、あくまで、特定電気通信上で加害者不明の不法行為が行われた場合に、被害者に加害者を知るための手段を提供し、被害回復を可能にするための制度であるから、開示された情報の用途としては開示請求者の損害賠償請求権の行使等法律上認められた被害回復の措置を採ること以外に考えられない。従って、それ以外の目的で開示された情報を用いて発信者のプライバシー等の利益を侵害した場合には、すべて、不当に関係人の名誉若しくは生活の平穏を害したということになると解される。具体的には、発信者の情報をウェブページ等に掲載したり、発信者に対していやがらせや脅迫等の行為に及んだ場合が考えられる。 

要するに、開示請求で得た情報は損害賠償請求の手続きのために使いなさい、それ以外は「目的外利用」ですよ、ということです。

ただ、発信者情報を刑事事件(名誉毀損など)の証拠として警察に提供することは現に行われていますし、行政処分の資料として行政機関に提供することがOKか?といった論点もあるでしょう。
個人的には、発信者情報を、当該発信行為の刑事責任を問うための証拠として用いることに疑問を持っていますが、またの機会にします。

発信者情報の「ほのめかし」はOK?

開示情報で得た情報そのものでなければ、公表したり第三者に伝達しても良いのでしょうか。
総務省の解説を再び引用します。

ここで発信者情報というのは、現に開示された発信者情報を指すものであるが、ここで不当な用い方を禁止されることとなるのは、開示を受けた情報に限られるものではなく、開示を受けた情報から推測可能な情報や、開示手続の中で知り得た情報等のうち、およそ発信者の特定に資する情報はすべて含む趣旨であり、具体的には、発信者の性別や年齢などが問題となると考えられる。 

さて、どうでしょうか。
「推測可能な情報」「開示手続きの中で知り得た情報」も含まれることになるので、法律上で規定されている「氏名」や「住所」のみならず、手続き上知り得た限りで、性別や年齢も入ってくるわけです。

ここで「発信者が自然人であること」あるいは「発信者が法人であること」も、発信者情報に該当する可能性は十分あると言わざるを得ない。
限定的な情報の公表でも目的外利用には該当し得るということです。

ただ、これはかなり難しい問題です。
そもそも開示手続きで得た情報を用いて民事訴訟(損害賠償請求)を提起すれば、その訴訟手続は原則として公開されます。民事訴訟を傍聴すれば得られる情報はいろいろあります。
そして、プロバイダ責任制限法4条3項(令和3年同法改正の施行後は第7条)は開示請求者に対する規制なので、第三者が取材活動で得た情報を発信することは禁止できない。
現状の制度が不明確・不十分であることは否定できません。

目的外利用に関する今後の方向性としては、『アカウント●●に対する民事訴訟提起のお知らせ』といった間接的な漏洩・威迫行為も明示的に禁止し、発信者や関係人の平穏をより実効的に守ることも検討されるべきでしょう。
他方において、表現の自由及び公益等の観点から、開示請求者が発信者情報を第三者に公表・伝達して良いケースを明文化していく方向性も検討に値します。

開示請求での立証はどこまで要求されているか

さて最後に、発信者情報が開示された事実と、問題の発信行為が違法であるということは、必ずしも一致しないことについて少し長めに説明します。

前記のとおり、開示請求で得た発信者情報は、発信者本人の情報とは限らないので、その後の民事訴訟において「人違い」で原告が敗訴することはあります。
また、発信者情報開示手続は、権利を侵害されたと主張する開示請求者と、情報を掲載しているプロバイダが争う形の特殊な手続きです。
プロバイダは発信者本人ではないので、投稿の正当性(内容の真実性など)に関する資料は基本的に持っていません。そのために開示になるケースもあります。

さらに踏み込んで「発信者開示請求訴訟では比較的緩やかに開示を認め、あとは開示請求者と発信者本人の訴訟で決着を付けるべきである」という発想の裁判官もいるのではないか、との指摘があります。
高橋雄一郎弁護士の興味深いツイートを引用します。

一応付言すると、判例タイムズ1481号5頁の近藤昌昭裁判官(現在は弁護士)の論文は今年(2021年)3月下旬に発表されたもので、直後に近藤氏が裁判官を退官したことも考えると、当該論文で裁判所の方向性が示されたといえるかどうかは疑問があります。
とはいえ私の個人的な体験においても「開示は急ぐ必要があるから」との理由で比較的緩やかに開示を認める裁判官が他にもいたことは事実であり、近藤元判事の見解が一部の裁判官を代表していることは確かでしょう。
※ 他方、一定の事件で開示判断を厳格に行うと明言した裁判官もいます。裁判所の運用の趨勢は分かりません。

さて、近藤元判事が裁判長として関与した裁判例(東京高判令和2年12月9日判例タ1481号70頁)はこのように述べています。

プロバイダ法4条1項が,発信者の匿名性を維持し,発信者自身の手続参加が認められていない手続法の枠組みの中で,発信者の有するプライバシー権や表現の自由等の権利ないし利益と権利を侵害されたとする者の権利回復の利益をどのように調整するかという観点から,前記のとおり権利侵害の明白性の要件が設けられ,違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないこと,すなわち,違法性阻却事由の不存在が必要であるとされているとしても,この立証責任の転換によって,被害者である控訴人におよそ再度の電話勧誘をすることはなかったという不可能に近い立証まで強いることは相当でない。その意味で,プロバイダ法4条1項で定める「権利侵害が明らか」という要件について,権利侵害された被害者が発信者に対して損害賠償請求をする訴訟における違法性阻却事由の判断と完全に重なるものではない

たしかに、この裁判例がいうように、開示手続において「不可能に近い立証まで強いること」は相当でないこともあると思います。
ただし、個人的には、だからといって「開示手続の方が証明責任が緩和されても良い」とまでは思っていません(上記裁判例もそのように明言したわけでもない)。
今回の記事で説明したように「発信者情報の目的外利用」の問題も検討されるべきテーマです。
開示のハードルを下げることは、発信者情報が利用されるケースを増やすことでもあるので、開示の要件と発信者情報の利用の仕方の問題は、車の両輪として議論すべき課題でしょう。

近藤元判事は、前記論文で「競合他社が嫌がらせのために虚偽の事実をネットに掲載することもままある」ということをお書きになっているのですが、開示手続で得られた発信者情報が威迫に使われたり第三者に漏洩していることも「ままある」ので、実務及び今後の立法では両者のバランスが追求されるべきであろうと思います。

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