特定少年の実名公表事例を考察する【解禁6か月】
2022年(令和4年)4月、特定少年(18歳及び19歳)のうち一定の要件に該当した場合、実名犯罪報道が可能となりました。
実名公表の基準については、5月の記事で取り上げました。
本記事では、約半年間に検察庁が特定少年の実名を公表した事例、公表しなかった事例を紹介し、実際の運用について考察します。
1 特定少年の実名報道の流れ
(1) 検察庁は、特定少年の実名を報道機関に公表します。
(2) 報道機関は、実名報道するかどうかを各社の判断で決めています。
検察庁が公表しなくても、報道機関が独自に調査して特定少年の実名を報道することは可能ですが、現時点でそのような事例は把握していません。
なお、報道機関のスタンスについては、以下の記事があります。
・小関慶太『特定少年の実名報道の研究(1) -検察、新聞社、ネットニュースの実名掲載の判断理由 2022.4.1~2022.7.31』八洲論叢2号1頁
・刑事弁護OASIS『武内謙治九州大学教授に聞く第2回(完)「特定少年」の実名報道について考える』
2 検察庁による実名公表事例
2022年4月1日から10月24日までに検察庁が実名公表した事例を紹介します。
検察官による起訴と同時に、特定少年の実名が公表されています。
ウェブ調査であり、把握できない事例もあることをお断りします。
(以下は、起訴日・起訴した検察庁・特定少年・罪名・備考)
① 2022年4月8日 甲府地検
男性(19歳)
住居侵入、殺人(2件)、殺人未遂、現住建造物等放火
※ 実名公表の第1号事件として大きく報道
② 2022年4月28日 大阪地検
男性2名(いずれも19歳)
強盗致死
※ 成人2名と共謀。公判では特定少年の匿名措置は見送られたものの、弁護側の要請に基づき、住所や本籍地の口述を避けるなどの措置がとられた
③ 2022年5月13日 東京地検
女性(19歳)
殺人
④ 2022年5月18日 福島地検郡山支部
男性(19歳)
強盗殺人
※ 9月に無期懲役の判決、控訴
⑤ 2022年5月19日 水戸地検
男性2名(いずれも19歳)
傷害致死
⑥ 2022年6月2日 大阪地検
男性(年齢不明)
現住建造物等放火
⑦ 2022年6月16日 宮崎地検
性別不明(19歳)
住居侵入、強盗
⑧ 日付不明 東京地検
男性(21歳、事件当時19歳)
通貨偽造
※ 5月11日に偽造通貨行使罪(裁判員裁判対象)で起訴した時は実名公表せず。通貨偽造罪での訴因変更時に実名公表。東京地検コメント「(最初の起訴時は)捜査継続中だった」「(通貨偽造が加わり)重大性が増した」
⑨ 2022年7月7日 静岡地検沼津支部
男性(19歳)
強制わいせつ致傷
⑩ 2022年7月25日 仙台地検
男性(事件当時19歳)
強盗致傷など
※ 成人の共犯3名。仙台地検コメント「重大事案であり、地域社会に与える影響も深刻であること」
⑪ 2022年9月9日 名古屋地検
男性(18歳)
危険運転致死(赤信号無視)
備考
7月3日付け共同通信調べでは、実名公表事例が9事件11名とありましたが、筆者の調査では同日時点で8事件10名でした。検察庁が特定少年の実名を公表したものの、報道されなかった事件があると推測しています。
3 非公表事例
非公表事例の総数把握は困難ですが、把握できた限りで紹介します。
検察が実名公表しなかった場合、公判でも、被告人となった特定少年の実名や住所等を伏せる措置を取ることが、よくあるようです。
① 2022年4月19日 新潟地検
男性(19歳)
危険運転致死(速度超過、時速90~95キロ)
※ 新潟地検コメント「最高検の方針にのっとり、総合的に検討した結果」「(最高検が典型例としたのは)一般類型的に考えられるだけで、一律に公表しなさいと言っているわけではない」
② 2022年4月22日 千葉地検
男性(20歳、事件当時19歳)
強盗など
※ ネットカフェでの強盗。千葉地検コメント「昨今の社会情勢を考えると刑を終え出所しても名前が残り、就職先を探すのが困難。さまざまな側面を考えた結果、(実名などの公表を)控えた」
③ 2022年5月2日 神戸地検
男性(20歳、事件当時19歳)
恐喝
※ 共犯者と60万円相当の金品を奪う。神戸地検コメント「罪種や地域社会に与える影響」
④ 日付不明 福島地検
男性(19歳)
過失運転致死(速度超過、時速154キロ)
※ 7月に懲役3年執行猶予5年の判決
⑤ 2022年6月10日 山形地検
性別不明(19歳)
大麻取締法違反(営利目的所持)
⑥ 日付不明 高知地検
男性(事件当時18歳)
強制性交等
※ 10月に懲役4年6月の実刑判決
⑦ 2022年7月22日 大分地検
男性(事件当時19歳)
過失運転致死(速度超過、時速194キロ)
※ 大分家裁は危険運転致死罪で逆送。大分地検は「結果の重大性などから総合的に判断した」「危険運転致死罪と認定し得る証拠がなかった」
※ 危険運転致死罪を適用すべきという遺族の署名活動が報じられている
⑧ 日付不明 さいたま地検
男性(19歳)
強盗致傷
※ さいたま地検コメント「改正少年法の趣旨および付帯決議の内容を踏まえ、事情を考慮した」
⑨ 2022年7月29日 札幌地検
男性(19歳)
強制性交等、準強制わいせつ
※ 10月に懲役5年の実刑判決
4 公表・非公表事例の分析
裁判員裁判対象事件
原則として特定少年の実名が公表されています。
裁判員裁判は、死刑か無期懲役刑が含まれる罪と、故意の犯罪行為をした結果人を死亡させた罪が対象となります。重大な事案が多いため、実名公表が多いのは自然といえるでしょう。
ただし、例外的に非公表となる事例もあります。
裁判員裁判の対象とならない事件
特定少年の実名は公表されない傾向が強いです。
強盗や強制性交等でも、概ね非公表になっています。
現在の運用は最高検の基準に沿っているか
現時点での各地方検察庁の運用について、最高検察庁の公表基準に沿っていないとの指摘もありますが、筆者は、逸脱しているとは思いません。
もともと最高検が示した基準は抽象的なものであり、具体的な判断材料は『裁判員裁判対象事件か否か』しかありませんでした。
裁判員裁判対象事件であっても実名非公表の事例があるので、その理由を推測すると、以下のとおりです。
(a) 事故の側面がある(危険運転致死事件)
(b) 被害結果が重大とまではいえない(強盗致傷事件)
(c) 特定少年の役割が従属的である(共犯事件)
(d) 余罪捜査中である(偽造通貨行使事件)
今の各地検の運用は「裁判員裁判対象事件かどうかへのこだわりが強い」と言って良いでしょう。制度初期は先行事例が少ないため、上級庁が示した形式的基準を重視した運用となることは想定できました。
もっとも、今後の方向性は分かりません。
特定少年の実名については、少年の更生等を考慮して公表を控えるべきとの意見(各弁護士会の声明など)と、積極的に公表すべきという意見が、深刻な対立を見せています。
今後、検察庁が実名公表を拡大する可能性はあると思います。
5 誤公表事例
最後に、実名報道が可能なケースではないのに、特定少年だった人の氏名が誤って公表された事例を紹介します。
① 2022年5月 岩手県警
女性(21歳、事件当時19歳)
詐欺
※ 岩手県警は、逮捕の時点で女性の実名を公表した(その後に起訴)。広報資料作成段階で年齢確認が不十分だったという。
② 2022年9月 熊本県警
男性(20代、事件当時19歳)
詐欺
※ 熊本県警は、逮捕の時点で男性の実名を公表した。広報資料作成段階で男性の年齢と事件発生日を対照していなかったという。