【肖像権】電車内での撮影・SNSアップの問題点
電車内での迷惑行為を撮影した動画がSNSに公開されることがあります。また、優先席に座っている若者を撮影し、ルール違反と指摘する写真がアップロードされることもあります。
このような写真・動画に対して、「肖像権侵害ではないか」「名誉毀損ではないか」という反論がなされることもあります。
肖像権の概要を説明し、いくつかのケースを検討します。
肖像権とは
肖像権とは、その承諾なしに、みだりに自己の容ぼう等を撮影等されず、又は自己の容ぼう等を撮影等された写真等をみだりに公表されない権利です。
人格権の一つとされています。
撮影行為のリーディングケースとして、京都府学連事件、最高裁大法廷昭和44年12月24日判決・刑集23巻12号1625頁。
撮影及び公表行為の最重要判例として、法廷内撮影事件、最高裁平成17年11月10日判決・民集59巻9号2428頁があります。
なお、広義の肖像権には、パブリシティ権も含まれます。
パブリシティ権とは、人の氏名、肖像の持つ顧客吸引力から生じる経済的な利益・価値を排他的に利用する権利とされます(ピンク・レディー事件、最高裁平成24年2月2日判決・民集66巻2号89頁)。
肖像権侵害には「撮影」と「公表」がある
上記の定義で示したとおり、肖像権はみだりに「撮影」または「公表」されない権利です。
したがって、他人の肖像を撮影するだけで公表はしなかった場合でも、撮影行為単独で違法となる可能性があります。
人の容ぼう等を撮影する行為が違法と評価される場合、その撮影によって得た写真をそのまま公表することも違法となります(前記法廷撮影事件判決でも述べられています。)。
他方、容ぼう等の撮影自体は適法と評価される場合であっても、公表の目的や方法によっては、公表行為だけ違法と判断されることもあり得ます。
肖像権侵害の違法性をどう判断するか
他人の容ぼう等の撮影又は公表は、被写体の同意があれば成立しません。
また、被写体の同意がなくても、ただちに違法とはなりません。撮影または公表による被写体の不利益が、受忍限度を超えたとされる場合に、はじめて違法となるのです。
現在の裁判実務では、法廷撮影事件で最高裁が示した以下の6つの基準を総合的に判断し、被写体に対する人格的利益の侵害が受忍限度を超えるかどうかで、違法性が判断されています。
上記はあくまで「総合判断」であって、一つの要素ですべて決まるわけではありません。
たとえば、被写体が「公人」であれば常に撮影・公表がOKということにはなりません。被写体が仮に内閣総理大臣であっても、被写体が私邸で入浴中の姿態を撮影すれば、肖像権侵害と判断される可能性は高いでしょう。
撮影行為に関する交通機関のルールは?
電車や駅構内での撮影行為について、管理者である交通各社が禁止しているかどうかは、肖像権侵害の成否に影響することがあります。
※ 管理者が撮影を禁止しているかどうかと、肖像権侵害として被写体に法的責任を負うかどうかは、法的に別次元の問題です。
法廷撮影事件では、法廷での撮影は原則として管理者である裁判所が禁止していることが考慮され、法廷内にカメラを持ち込んで被疑者を撮影した行為が肖像権侵害とされました。
一方、法廷内の被疑者・被告人の肖像をイラストで描いて公表すること(いわゆる法廷画)は社会的に許容されていることから、一部の法廷画の公表が適法と判断されています。
話を戻し、撮影行為に関する交通機関側のルールについて、インターネット上で簡単に調べた限り、次のようになっていました。
例1:JR東日本
駅構内および電車内における営利目的の撮影、列車運行に支障を来すような撮影、危険な撮影行為はお断りするという趣旨の記述がある。
例2:東京メトロ
駅構内における営利目的の撮影、他の乗客を被写体とする撮影はお断りするとの記載がある(電車内の撮影については明記なし。)。
電車内での撮影を具体的に考える
以下、仮想事例をいくつか提示して、具体的に検討してみましょう。
※ SNSで話題となった例を参考とはしていますが、事例を抽象化・一部変更した上での一般的考察です。
ケース1:電車内の喧嘩を動画撮影。各被写体にモザイク等をかけず、SNSにアップ
⑴ 撮影行為
3名の被写体は私人です。
また、撮影場所について検討すると、電車内は基本的に人物の撮影を予定している場所とはいえないでしょう。上記のとおり「駅構内」での他人を被写体とする撮影を禁じる交通機関もあります。不特定人が往来する駅構内と比較して、電車内はプライバシー保護の要請があると考えることはできるでしょう。他方、電車内も、多数人が利用する公共空間ですから、自宅や浴場といった場所と比べて秘匿性が高いとはいえません。
そして、喧嘩は、暴行罪あるいは傷害罪にあたる犯罪行為に該当する可能性が高く、被写体の活動内容に正当性はないでしょう。
何より、喧嘩の様子の撮影は、現に行われている行為の状況を保全し、証拠化します。緊急事態であり、その意義や必要性は高いといえるでしょう。この点は、喧嘩の制止に入った男性との関係でも同様です。
そうすると、動画の「撮影」については適法である可能性が高いです。
⑵ 公表行為
動画の「公表」については、慎重な検討が必要です。
喧嘩は犯罪に該当し得る行為であり、このような行為をしたことは、被写体にとって、不名誉な事実、公表を望まない事実といえます。
自業自得のようにも思われますが、犯罪行為には刑事罰が予定されています。顔をさらけ出され、ネットの不特定人から半永久的に揶揄・嘲笑の対象となって良いかどうかは、別段の考慮が必要です。
一般人同士の喧嘩を、モザイクなしに公表する社会的意義が大きいともいえないでしょう。
そうしますと、動画の「公表」については、喧嘩の当事者である2名との関係で、違法となる可能性があるといえます。
また、喧嘩の制止に入った男性は、正当な行為をしているだけです。
そうしますと、その男性の顔をモザイクなしで公表をする意義はますます乏しいので、違法となる可能性が相当にあるでしょう。
ケース2:優先席に座る若者を写真撮影。被写体の顔にモザイクをかけて、SNSにアップ
⑴ 撮影行為
電車の優先席は、高齢者や身体障害者、妊婦、体調不良者が優先して座れるように表示された座席です。優先対象の人がいるのに、そうでない人物が座ったまま席を譲らないことは、優先席の意味を損なうことであり、「迷惑行為」といえるでしょう。他方、優先席は個別の乗客に対する強制ではなく、優先席を譲らないことが違法とまではいえません。緊急状況とも言いがたいものです。
被写体は一般私人であり、電車内は基本的に乗客の撮影が予定されていません。また、被写体が撮影に気付いている様子もありません。
そのような被写体の容ぼう等を撮影する行為は、違法の可能性があります。
なお、撮影の目的は、迷惑行為の存在を明らかにして啓発することにあり、不当ではありません。しかし、啓発はまず交通機関が行うことであり、一般乗客が他の乗客を対象にしてまで行うことか、疑問があります。撮影目的の正当性は、限定的と言わざるを得ません。そして、撮影者のストレージには、被写体の顔がうつった全身の写真がモザイクなしで保存されることから、プライバシーの侵害は相当に強いといえるのです。
⑵ 公表行為
撮影行為が違法と評価される場合、その撮影によって得た写真をそのまま公表するのであれば、公表行為も違法と評価されます。
ただ、このケースでは、元の写真を加工し、被写体の顔にモザイクをかけており、そのまま公表しているわけではないので、少し慎重な検討が必要となります。
肖像権は広義のプライバシーにあたります。そしてプライバシー侵害では、知人や面識のある者にとって特定可能な情報が記載されていれば、同定可能性(特定可能性)が認められると言われています。
写真だけでは同定できなくても、説明文やその他の情報によって被写体を同定できるのであれば、同定可能性は認められるといわれています
※ 数藤雅彦「インターネットにおける肖像権の諸問題:裁判例の分析を通じて」参照
今回のケースでは、顔にモザイクがかかっているので、残る全身の情報や、座席等から推知できる情報によって、被写体が(知人等により)特定可能な場合は、違法となる可能性がある、ということになります。
⑶ 名誉感情侵害を考慮する場合
もっとも、このケースでは、さらに厳しい判断もあり得ます。
今回のケースでは、投稿のキャプションで、被写体を「クズ!」と言っています。この言葉だけで違法性があるかは慎重に考えるべきでしょうが、被写体に対する侮辱とはいえるでしょう。
侮辱(名誉感情侵害)は、プライバシー侵害よりも同定可能性の認められる範囲は広く、対象者が「自己を侮辱された」と合理的に判断できるとき、同定可能性があるとされています(侮辱の同定可能性は、過去の記事もご参照ください。)。
このケースの被写体は、顔にモザイクはかかっていても、撮影されたのが自分であるとは気付くでしょう。そして、ゲームに熱中して優先席を譲らない「クズ」と罵倒されているので、屈辱感は相当にあると思われます。
もちろん、第三者にとっては被写体を特定できないため、顔にモザイクをかけないまま写真を公表した場合と比較すれば、被写体の名誉感情侵害の程度は低くなります。
名誉感情侵害を伴う容ぼう等の公表は、被写体本人にとって同定できれば同定可能性は認め、あとは写真と説明文の内容が「受忍限度を超えるかどうか」で違法性を判断する、という考え方があり得ます。
ケース3:乗降ドアを塞ぐ荷物を撮影、SNSにアップ
このケースでは、荷物を撮影・投稿しているのであり、乗客の容ぼう等は映っていないので、肖像権侵害にはあたりません。
ただし、荷物の写真であっても、その内容や形状、バッグに付いたタグ等によって、持ち主を特定できる場合があります。特定可能な場合は、プライバシー侵害が検討される余地はあります。
持ち主を特定できる場合でもただちに撮影や公表が違法ということはありません。乗降ドアを荷物で塞ぐ行為が迷惑であって、列車の運行に支障を来すと評価される可能性があり、撮影や公表の正当性が無いとはいえないからです。そして、
① 映った荷物のタグに持ち主の氏名等が明記されていた場合
② 氏名等はないが電車の時間帯や荷物の特徴から、当人及び知人には持ち主が特定可能な場合
など特定可能の程度には差異があります。
また、荷物の内容等にもよりますが、旅行用のバッグは、他の乗客等に見られることが当然に予見されるものであり、それが映った程度ではプライバシー侵害の度合いは強くないといえます。
むしろ、持ち主が旅行している事実、写真から推知される電車の行き先等が、一定の保護に値するプライバシーと判断されることもあるでしょう。
参考資料
数藤雅彦「インターネットにおける肖像権の諸問題:裁判例の分析を通じて」
中島基至「スナップ写真等と肖像権を巡る法的問題について」判例タイムズ1433号5頁
デジタルアーカイブ学会「肖像権ガイドライン」
https://hoseido.digitalarchivejapan.org/shozoken/
福井健作「肖像権ガイドラインの試みと故人再生の法律問題」コピライト61号2頁
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