フランス卒業旅行第3回「博物館の大冒険」
視覚障碍者の読み書きを支える点字。これを発明したルイ・ブライユの実家であった博物館。どうにか苦労してたどりついたわけなのだが、こんなマニアックな観光地も、一応他にも訪問客がいた。
小さな女の子を連れたお父さん。我々が日本からきたと知ると、いきなり「連絡先を教えてくれ」と言ってきた。何者かも全然わからないけど、「おまえが行きたいって言ったんだから、おまえの連絡先教えとけよ」ということで、俺のメールアドレスをお伝えすることとなった。
ガラケーにアドレスを書いて、それを友人のOが紙に移す。こうして俺は、よくわからないフランス人のお父さんにアドレスを教えた。
次にやってきたのは、これも地元に住んでそうな老夫婦。「どうやって駅からきたんだ」と聞かれたので、歩いてきたと言ったら、「それは大変だったな、帰りは車でおくるよ」と言ってくれた。
旅先で優しい人に巡り合えるとはよく聞く。真にその通りだ。あの道を歩いて戻るほどの元気はさすがにない。これは助かった。
帰り際、博物館の方が、「今回は私が英語を話すことができなかったから、十分なガイドをすることができなかった。ぜひ今度は、フランス語と英語の話せる通訳を連れてきてほしい。この電話番号にかけてくれれば、英語のできるガイドのボランティアにつながるから」と、電話番号のメモをくれた。それだけ英語が話せれば十分だし、これ以上英語を流暢に話されたところで、こっちもたぶん理解できない。とはいえ、とりあえずボランティアのメモをもらい、老夫婦の運転するメルセデスに乗って、俺たちはあっという間に駅に戻った。
ところで、みんな忘れていたけど、トイレに行きたかったんだ。博物館で行こうと思っていたのに、なんか興奮して忘れていた。駅に戻ったら突然猛烈に行きたくなった。
駅にトイレはないのだが、奇跡的に公衆トイレが道端にあった。しかし、有料。しかも、1ユーロコインしか入らない。やばい、これはやばい。お金は持っていてもコインがない。3人合わせて一人分のコインしかなかった。3人とも限界。さあ、どうする。
やむを得ない。ドアを開けたら便器と水道しかない密室に、限界を迎えた男3人が入って用を足す。世紀末。ちなみに12年ぶりにフランスに来て、公衆トイレ使ったけど、スマホのタッチ決済で払えるようになっていた。
帰りの電車で、俺たちは上機嫌だった。困難ではあったが目的地にたどり着いた。多くの人たちのやさしさに触れ、言葉の壁も努力すれば突破できると感じた。そして尿意も解消された。
「結局、コミュニケーションは気持ちなんだよ」
「いろいろあったけど最後がトイレ落ちってのもなんかおもしろいよな」
心地よい疲労感の中、俺は、見知らぬフランス人にアドレスを教えたことを思い出していた。
「そういえばさっきアドレス書いてくれたあと、俺の携帯ってどうした?」とOに聞いた。
「え、あ、うわ、博物館の机においてきたかも」
さあ大変だ。俺たちは形態を博物館に忘れてきたようだ。
ちなみにこの博物館がオープンしているのは、月・火・木・金曜日の14時から17時だけととんでもなく限られている。現在、火曜日の16時58分。まもなく閉館し、次に開くのは明後日の14時。終わった。
俺たちは形態を取り戻すために、またしても大勝負に出る羽目となった。