生き方を考える>コロナ禍の「利他の心」!
コロナ前、できるだけ利他の心を行動基準にしていました。
しかし———
コロナ禍では何処まで「利他」の心で判断できるか不安になり考えてみました。
そもそも、私たちの心には「自分だけがよければよい」と考える「利己」の心と、「誰かのために」という「利他」の心があります。
コロナ禍での行動が「利己」なのか「利他」なるのか、
毎日、何かしらの決断を迫られています。
本来は基準となる「ものさし」で考察しますが、コロナ禍ではその基準すら曖昧に!
———例えば何処まで行動しますか?
➽ 家族で行く食堂や花見の公園が混雑していた時
➽ 指定席の列車で側に咳をする人がいた時
➽ 見たかった映画が上映された時
行動したい気持ちは解ります———
既に1年我慢を続け緊急事態宣言が解除され、一気に気が緩み「利他と利己」の基準が吹っ飛びました。
逆に!———
➽ 飲食店が継続と給与のため要請時間後も営業したとします。これは本当に「利己」なのでしょうか?
——— 私には解りません ———
解らない事も多く、様々なストレスから大人でも体調を崩しています。
特に児童・学生は、大人(社会)の「ものさし」を受け入れられずに、様々な障害が発生しているそうです。
———ストレスを軽減させる「Wのものさし」を!——— この様に「利他」について考察することさえストレスだと想いますが、社会と自分なりの「Wでものさし」を決めて、家族(子供)とも話し合い納得できれば、精神的にもウイルスからも自衛になると想いました。