【TV】ニュールック
最近のドラマではベストだと思っています。
クリスチャン・ディオールとココ・シャネルが主人公のドラマということで、あまり自分に関係ないなって思ってたのですが、なんと第二次大戦もの。
今、ナチ占領下のパリを描くことの意味は非常に深いものがあります。
ロシアによるウクライナ侵攻に対し、降伏して終戦した方がハッピーなんじゃない?
って思ってしまう、特に日本人は、敗戦で占領されることの恐ろしさを知る必要があります。
太平洋戦争が終わったことで軍部独裁と戦禍から解放されたかのように感じていますが、米軍による日本占領は非常にまれな穏当さだったと言われます。
当時の米国は、日本を平和国家にしようと割と本気で思っていたらしく(冷戦の緊張が高まってそうはいかなくなったわけですが)、理想主義的な占領でした。
敗戦したドイツは、特にソ連に占領された東ドイツ側ではかなりひどい目に遭ったようですが、それが普通の敗戦というもの。
だから、戦闘で若者の命を消耗することがあっても、将来のことを考えたら降伏などという選択肢は非常に難しく、現在の犠牲と未来の犠牲がトレードオフになる過酷さに、ウクライナが直面しているわけです。
また、おそらくドラマ制作時点では意識されていなかったでしょうが、ナチものでもあることは、2023年10月以降のガザ攻撃にも思いを向ける材料となります。
戦後のフランスで行われた対独協力者への過酷な追及は、果たして憎しみの連鎖を停めることに貢献するのだろうかと思わずにいられません。
それにしても、こうした屈託の塊が、戦後フランスから新しい哲学を生み出し、サルトルから現代思想への流れを作ったわけで、なんとも複雑な気持ちになります。
ドラマの中では、占領後のパリでレジスタンス活動を行うディオールの妹が、ナチにとらわれて収容所に送られます。
戦後、戻ってきてもPTSDから回復できず苦しむ妹を、『ゲーム・オブ・スローンズ』のアリア役、8年かけて子供から大人になるところをドラマで見せてくれたメイジー・ウィリアムズが痛々しく演じています。
この演技には「さすが」と唸らされます。
アリアだからねェ。
当のディオールですが、同性の恋人を持つ引っ込み思案なファッションデザイナーという役を演じるのがベン・メンデルソーン。
『レディ・プレイヤー1』の悪の社長役も良かったですが、なんといっても『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』の哀愁漂う帝国軍長官が印象的でした。
今回は全力でディオールの繊細さを演じており、彼もまた見ているだけで痛々しく、その悲しそうな様子、あるいはそこから希望を見出していく様には、毎回1度は涙を誘われました。
彼が創造という行為を通じて希望を掴んでいく過程は本当に感動的で、ドラマの中で再現された衣裳が、未来への希望の象徴のように輝かしく映し出されています。
一方、ココ・シャネルの描かれ方は対照的です。
かなり強くてダーティでもある人物ですが、ジュリエット・ビノシュが演じています。
フランスのエライ俳優さんという程度しか認識がなく、出演作を調べたら私が観たことあったのはギャレス・エドワーズ版『ゴジラ』と『ゴースト・イン・ザ・シェル 』だけだったという……
『存在の耐えられない軽さ』とか『ポンヌフの恋人』ぐらい観とけって自分に対して思いました(けど、SFじゃないからなあ……)。
当たり前だけど、どんな場面でもとことんオシャレなのもさすがです。
ナチに協力したことで、戦後になって追及を受けるココですが、ヴィランというかヒールみたいな描かれ方ではあるものの、同情できるところも多いと思うんですよね。
大体、ナチへの協力といっても講和の申し入れをチャーチルに行うという、ヒトラーの意向に反する作戦でしたからね。
その時代のその社会に適応しなければ、ディオールの妹カトリーヌのように収容所で虐待され、場合によっては命を落とす。
その環境がどれほどの悪かという話です。
戦後、追及を逃れながらなんとかビジネスを軌道に乗せようと必死になるのも、まったく理解できます。
そんなココに友達として絡んでくるエルザという女性が、また魅力的でした。
ココはエルザを厄介者扱いしますが、エルザはココのもうひとつの側面みたいなところがあって、ココにとって必要な存在なんだろうと思わせる脚本と芝居が素晴らしいです。
バルマンだのバレンシアガだのといったファッションのすげー人たちがこれだけ同時代で集まって活動していたことは全く知らず、そこも驚きでしたね。
彼らを見守り応援しながら、なんとか売り出していこうとするルロンをジョン・マルコビッチが演じていて、大変味わい深い役柄でした。
第二次大戦ものとしては、前半早々で終戦を迎えてしまうので、以降あまりナチもモーゼルもキューベルワーゲンも出てこなくてちょっと寂しいですが、それはまあ仕方ない。
終戦まではパリって親衛隊も空軍も陸軍もたくさん歩きまわってて、ドイツの田舎から出てきた将兵はパリの生活が嬉しかったんだろうなって思わせる描写がグッドです。
Apple TV+では珍しいスタンダードサイズ(? フランス映画っぽいのか?)、映像は露骨なフィルムルックではないですが、空気感を強く意識した美しい照明で映像的にも素晴らしいです。
気になることとしてはフランス語は英語に置き換えて演じられていることで、大体米国のコンテンツはそういう作りになりますね。
『シンドラーのリスト』だと、ドイツ語は英語に置き換わってるし、『沈黙 -サイレンス-』だとポルトガル語が英語に置き換えられています。
日本でも『キングダム』とか作ってて、全部中国語にするとか無理だし無意味とは思うので、うるさく言う話ではないですが。
いやそれはいいんですけど、「フランス語っぽい英語」なのは大丈夫なのかと思ったりしますね。
全員タモリみたいな感じじゃないのかな。
セリフの中で「ムッシュー」とか言うの、「英語だけどフランスの話なんですよ」っていう記号として使っていいのか、なんとも不思議な感じです。
そのあたり、フランスの人々が何も言わないのかは気になるところです。
とにかくこれは本当にすごいドラマでしたので、全人類に観てほしいと思うばかりです。
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