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【TV】SHOGUN 将軍
今年のエミー賞を総なめしたのも納得の傑作TVドラマでした。
日本では、国外で作られた時代劇でよくある「変な日本描写」がないこと、そのことに真田広之が尽力したことが注目されますが、それだけがとりえだったら米国の賞は獲らないですよね。
だって米国人は、日本描写の何が変なのか判断する材料を持っていないでしょうから。
私が思いますに、ポスト『ゲーム・オブ・スローンズ』の初の成功作であったことが授賞の大きな理由となったのではないかと。
『ゲーム・オブ・スローンズ』(以下GOT)はHBO製作のファンタジードラマシリーズで、8シーズンのうちいくつかがエミー賞を獲っていますが、ここ数年の動画配信プラットフォームがポストGOT、日本風に言えば二匹目のどじょうを狙った作品を出しているなあと思ってました。
Apple TV+の『SEE』はそのひとつだと思われましたが、ジェイソン・モモアがカッコ良くがんばっていたものの、やはりGOTには及ばない(まだシーズン3を観てない状態ではありますが)。
『SEE』はSFなのでGOTとは全然違うんじゃないの、と思われるかもしれませんが、以下のような点がGOTが目指されたことではないかと思いました。
-異世界
-汚いぐらいリアルで詳細な映像のテクスチャ
-重厚で古臭い価値観の世界
-マイノリティのとらえ直し
-正面から描かれる性と暴力
GOTはいくつもの王国が林立する中世ヨーロッパ風世界で、強烈な封建社会が描かれます。
そのひたすら暗い世界で強く輝いたのが、小人症(ホビット族とかではなくて、一族の中でひとりそういう障害を持って生まれた)のティリオンや、没落した王族の末裔からドラゴンを使役するクイーンにまで昇りつめたデナーリスでした。
とりわけこうした主要人物がみんなそれなりに屈折していてルサンチマンいっぱい、それでありながら激しく魅力的であったのが印象的です。
封建社会のヤバさの描き方が強烈なら、その中で被抑圧者である人々の人間臭さも燃え上がり、クリーンな存在として描かれた人物が非常に少ないドラマでした。
映像的にもシックかつリッチでとにかく厚みがあるのですが、性と暴力の描写も遠慮がなく、血も裸体もいっぱい映る。
つまり配信ドラマの強みを活かして、ヤングアダルトからアダルト層が本当に観たかったものを提供したのが、GOTであったと思いました。
その後の各社のエピック系配信ドラマのラインナップを見るにつけ、このGOTがベンチマークになっているのであろうと思いました。
まあ、そこを狙った作品でまともに観たのがSEEぐらいなので、他にいいのがあったのかもしれないのですが、そこまで評判になった作品はないですよね。
上で述べたようなGOTの特徴を活かしたドラマを作るなら、異世界ファンタジーにこだわる必要はないと考えて多くの企画が検討された中で『将軍』が原作に選ばれたのではないかと思いました。
戦国時代というのはまごうことなき史実ながら、日本人にとっても外国人にとっても、かなりファンタジーが投影されたロマンある時代です。
GOTのような諸侯乱立の中での権謀術数渦巻く世界だし、対立が起きれば大規模な騎馬戦闘も発生します。
GOTの中でも描かれた国ごとの文化の違いからくる衝突も、本作ではポルトガルとの関係性として描かれました。
それだけでなく『SHOGUN 将軍』の主人公の按針は英国人でプロテスタントだから、カトリックのポルトガル人と激しく対立する、なんて私には想像できなかった設定でした。
そして『SHOGUN 将軍』のヒロイン鞠子は細川ガラシャがモデル。
謀反人として処罰された明智の生き残りとして、つらい思いで暮らしているところから始まります。
それが按針を通じた権力との接触の中でエンパワーメントされながらも時代に翻弄されていく物語は、GOTのデナーリスなど数々の女性キャラクターと重なる部分があります。
演じるアンナ・サワイが本当にすばらしく、武家の女らしく感情をあらわにしないことを要求されつつも、時に漏れ出す複雑な心情の表現には驚かされますし、涙を誘われる場面もしばしばでした。
おまけに薙刀とかもちゃんと振ってて…… 世界の超一流の演技者に全然負けてない技術と気迫が感じられました。
Apple TV+の『パチンコ - Pachinko』『モナーク: レガシー・オブ・モンスターズ』で彼女を見てきた私も、この鞠子役には腰を抜かしましたね。
鞠子の夫である文太郎も有害な男らしさを全面的に放ちながら、自分自身がその有害性の犠牲になっているようにも見え、この時代の人々を縛る様々な圧力が多面的に表現されているように思います。
もうひとりの主人公、吉井虎永は徳川家康がモデル。
家康というとたぬきと呼ばれ、飄々としながらも奸計をめぐらす食わせものとして描かれますが、虎永は飄々とはせずいつもシリアスな雰囲気で、多くの映画やドラマの家康像とはだいぶ違っています。
でも実際のところ、戦国時代の武士なんて真剣さを示すゲームをひたすらやっていたわけで、ふざけた雰囲気で相手を油断させるより、とことんマジメそうに振る舞って信頼を得た方が目的が果たしやすかっただろうとも思えます。
せめてマジメにしてくれないと、言われて切腹とかできないからねえ。
真田広之が真剣に演じているので、簡単に騙されますよこりゃ。
飄々キャラは浅野忠信が引き受けてますが、見た目よりしっかりしたクロトワ(ナウシカの)っていう感じでこちらもすごい説得力と実在感でした。
やはり説得力のすごい西岡徳馬、絶妙に小物らしさが出せる平岳大(モナークではアンナ・サワイのお父さんだった人)、不気味さ全開の黒幕・二階堂ふみ、頼りなさそうで芯の強さを見せる穂志もえか、と日本の良い役者が勢揃いで優れた演技を競ってます。
日本描写のそれらしさは評判通りで、日本文化に詳しくない現代日本人たる私には、おかしいところは全然見つけられなかったですね。
というか、出てくる俳句や和歌を聴いてもきちんとわからない程度に自国文化に弱い自分を感じました……
そんなには雨ばかり降っていないだろうと思うぐらい雨のシーンは多いですが、雨を日本の特徴として意識的に降らせているのはむしろ目から鱗が落ちたところもあります(脚本に応じて雨量のコントロールもしているようで、かかる金と手間を考えて気が遠くなります)。
さらに、作中で大小の地震がしばしば起きるのも、日本らしさの描写のひとつ。
我々がいかに、頻発する地震をやり過ごして生活しているかが感じられて、やはり目から鱗ですね。
そして驚くべきことに、これらをもって「無常感」が表現されている……!!
国内作品で見たことがない、「正確な」日本描写とさえいえるのではないかと思いました。
金をかけて豪華さや汚さをしっかり表現している衣裳やセットのリッチさ、性と暴力描写の直接さや娼館の重要性、それらについても『ゲーム・オブ・スローンズ』へのチャレンジとして大いに成功してます。
できれば続きを観たくもあり、続編の製作の話も出ているみたいですけど、史実を考えると物語はもう終わりかな…… 原作はどうなんでしょう。