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ご安心をしてください~#気になる敬語22
前回は、林外務大臣が言ったと思われる「お迎えをやっていく」を取り上げた。
実は、もう一つある。
それが、以下だ。
ご安心をしてくださいというご挨拶をした。
本来であれば「ご安心ください」と言うべきところである。
今回は、前回の復習の意味も込めて、この言い方がなぜ気になるのか、どう気になるのかを書いていこう。
基本の意味
これは、安心するという行為をするその主体を立てる言い方である。
この文脈上、その主体とはウクライナから来日する避難民を指す。
言い換えの例も挙げる。
ご安心くださいとご挨拶をした。
※挨拶という単語は、文法上「ご挨拶する」という敬語は作れないので、このまま
ズレには意味が生じるということは前回伝えた。
では、基本の意味からずらしているなら、そこにはどういう意味が読み取れるだろうか。
ご安心をしてください
前回と違い、基本の「ご安心ください」でも、ズレた「ご安心をしてください」でも「ご安心」が名詞であることは変わらない。
ただ、ズレることによって「した」という行為(する=do)を含めている。
敬意がない(失礼という意味ではなくフラットという意味)場合、「安心してください」でよい。
それを、安心する主体を立てる「ご」を付けておきながら、一方で行為者責任を表す「する(do)」も付けるなら、どっちが本心なのだろうかと勘繰りたくもなる。
相手を立てているようで実は立てていない、それを肌感覚で分かって使っているのか、政治家の発言にはこの「を入れ言葉」が多いように感じる。
立てていようと立てていまいと、なんとなく丁寧に感じてもらえればそれでいい、誰を立てるかまで考えて言葉を選んでいるほど暇じゃない、ということだろうか。
敬意は感じられるか
先週は「お迎えをやっていく」について、自分事とは感じていないようだと書いた。言い換えれば、責任感をもって行うという意志が感じられづらくなるということだが、その前後の言葉も見てみると、さらにその印象が強まる。
「皆様のために最大限のお迎えをやっていくという趣旨のことを申し上げた。」
例えば人を自宅に呼ぶときに「最大限のお迎え」と言う人がいるだろうか。通常なら、「精一杯」「心を込めて」「できる限り」など、主観的な言葉を使うものだ。
最大限と大小で言うなら、その意味するところは「予算の上限ギリギリまで」というように測れるものを指しているのではないか。
いや、たしかに先立つものがなければ何もできないとはいえ、それではあまりに温かみに欠けるではないか。
加えて言うなら、「という趣旨のことを」という言い方も回りくどい。
このような回りくどい言い方は、コールセンターの新人オペレーターが好んで使う。自信がなく、間違いを指摘されたときに「いや、そのようにはっきり言ったわけではない」と言い訳できる余地を残したいという無意識の抵抗だ。
このように書いてくると、そもそも避難民への敬意を示そうと思ったであろうに言葉遣いがおかしいなぁと思った私の想像のほうがお門違いだったのかもしれないと不安になってくる。
最初から敬意などなかったのだろうか。
中国に対して「ロシアを批判していない」と名指しで批判したとのニュースもあったが、この発言も敬意という観点からすれば著しく欠けている。
もちろん、それが日本の判断であり、中国と信頼関係を構築する予定はないという方針に従ったということであれば、個人に責を負わせる問題ではないが、「外務大臣あるいは各国の大統領や首相などと話し合い、友好関係を深め、平和な世界をつくるように努め」るという外務大臣の仕事からすると、少々違和感を覚える。
それでは、また。
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