「中学生年代は持久力が伸びる時期だから持久力トレーニングが重要だ!」は本当か?
PITTOCK ROOMでは育成年代のフィジカルトレーニングに関して、昨年4月にゲストライターの宮脇さんが記事が執筆してくださいました。
YPDモデル(Youth Physical Development model)と呼ばれる長期的な青少年アスリート身体発達モデルをもとに育成年代におけるフィジカルトレーニングの考え方を紹介しています。
YPDモデルはLong-term Athlete Development: LTAD(長期的アスリート発達)の概念に基づいて作成されたものです。
実はYPDモデルが発表される以前、2004年にLTADモデルが作成されており(1)、それはLTADのモデルの中でも有名なものの1つです。
YPDモデルは2004年のLTADモデルの不足を補い改良されたもので、2012年に発表されました(2)。2021年現在でも僕たちに育成年代選手のトレーニングへの考え方を示してくれています。
今回はLTADモデルとYPDモデルを紹介した上で、一般的に多くの現場で言われている
の考え方が本当にその通りなのか?に関しての考えを述べていきます。
■2004年のLTADモデル:長期的アスリート発達モデル
2004年に発表されたLTADモデルではPHV年齢を基準に各年代を6つの段階に分け、それぞれの段階において向上させていくべき身体的特性を示しています。
以下6つの段階です。記載している年齢は男性のものであり、かつPHV年齢です。(女性のものも論文には記載されてありますが、ここでは割愛します。)
身体的特性は5種類示されています。
このLTADモデルでは各段階においてWindows of opportunity(機会の窓)と呼ばれるトレーニングによる反応が最大化する「窓」が存在する、としていることが特徴の一つです。
各ステージでは発育発達による適応としてその段階に応じた身体的特性が加速度的に向上しますが、そのタイミングにおいてトレーニング効果も最大化されると主張しています。
またその機会に十分にトレーニングがなされなかった場合その後その能力が上限に達することはできない、とも述べられています。
(例:Stage3は筋力と持久力が加速度的に向上タイミングであるため、その「機会の窓」において筋力と持久力を十分にトレーニングすることが重要である)
■LTADモデルを改良したYPDモデル
YPDモデルは2012年に作成されましたが、これは2004年に作成されたLTADモデルの不足を補い発展させた形で発表されました。実際のモデルは下のTweetをご確認ください。
YPDモデルは従来のLTADモデルに含まれる5つの身体特性だけでは青少年アスリートの身体的特性を示すには限定的すぎる(持久力、スピード、筋力、スキル、柔軟性)としています。
またWindows of opportunity で主張される「発育発達による身体的特性の適応(向上)が起きるタイミングでトレーニング効果も最大化され、そのタイミングを逃すとその身体的特性を最大限向上させることができない」という見解に対する否定的な主張も踏まえて作成されています。
従来のLTADモデルで5つだった身体的特性の項目が、YPDモデルでは9つに増えました。
また思春期の適応により向上する各身体的特性を濃い青色で示し、思春期前に適応により向上する特性を薄い青色で示しています。
従来のLTADモデルと異なり、上記に加えてトレーニングの重要性を文字の大きさで示しています。
YPDモデルではWindows of opportunity の考え方ではなく、どの年代においても全ての身体的特性がトレーニング可能である、という立場をとっています。
その上で各年代の発育発達の影響や長期的により高い能力を獲得するための視点に合わせてトレーニングの重要度を設定しています。
これによりYPDモデルでは
の2つを知ることができます。
■発育発達による適応が起こるタイミングでトレーニングの重要性が高まるか?
YDPモデルを見ると
・発育発達の適応により身体特性が向上するタイミング
・トレーニングの重要性が高くなるタイミング
が異なっている部分が見られます。
例えばStrength(筋力)は思春期前の適応と思春期の適応のどちらの時期においてもトレーニングの重要性が高いとされています。
そして思春期前の適応よりも前の2〜4歳の時点においても、筋力のトレーニングの重要性は高いとされています。
2004年のLTADモデルでは12〜16歳(Stage3)において筋力向上の「機会の窓」があるとされていました。これはそのタイミングにおいて発育発達の適応により急激な筋肥大が生じるためです。
しかし筋力の向上は筋肥大によってのみ引きおこされるのではなく、神経系の適応によっても引き起こされます。これは12歳より以前でも発達させることが可能です。
また筋力の向上はそれ以外の身体的特性(FMS, Agility, Enduranceなど)の向上にも影響を与え、怪我を予防するためにも重要です。
それらを考慮しYPDモデルでは2〜4歳も含む全ての年代において筋力向上のためのトレーニングは重要度の高いものとなっています。
(YPDモデルではStrengthだけでなくHypertrophy(筋肥大)の項目も追加したことにより、筋肥大と筋力を別の要素として表記することができています。これにより筋力向上は全ての年代で重要であることを主張しつつも、筋肥大は発育発達の段階を踏まえ13〜20歳の段階でよりトレーニングの重要性が高まることを示しています。)
ここで今回の記事のテーマである持久力の項目をみてみます。
Endurance & MC(持久力と代謝調整)は2004年のLTADモデルではStage3(12〜16歳)に「窓」があるとされ、YPDモデルでも思春期前の適応が5〜12歳、思春期の適応が13〜17歳に起きるとしています。
しかしYPDモデルにおいて持久力トレーニングの重要性が高くなるのは18歳以上としており、それ以外のタイミングにおいて持久力トレーニングの重要度は低く示されています。
これはそれ以外の身体的特性と比較しても特殊な設定のされ方であることに気づきます。
■「中学生年代は持久力が伸びる時期だから持久力トレーニングが重要だ!」は本当か?
先述したようにYPDモデルでは発育発達の適応により持久力が向上しやすいタイミングとトレーニングの重要性が高くなるタイミングが異なっています。
これに関してYDPモデルを発表した2012年の論文では以下のように述べられています。
どの段階でも個人のトレーニングの主眼とはみなされない、という根拠は以下のように述べられています。
上記をまとめてみます。
持久力トレーニングはどの段階においても個人のトレーニングとして主眼を置かれない。これは持久力が重要でないというよりも、以下の3つの前提から主張される。
①日々の練習や試合の中で持久力のトレーニングができている。
②大部分のスポーツで驚異的なレベルの持久力必ずしも必要ではない。
③持久力は大人になってからも向上させられる。
2004年のLTADモデルの主張ではStage3(12~16歳)において持久力トレーニングは重要であるとされていましたが、それはWindows of opportunity に基づいたものでした。
Windows of opportunityの考えでは発育発達の適応によって各身体特性が急激に向上するタイミング(持久力であれば12〜16歳)にトレーニングの適応も最大化されるとされていることから、そのタイミングで十分にトレーニングする必要があります。
確かにFMSやAgility, Speedなど発育発達による適応を考慮してトレーニングを組み込むことが重要である身体的特性もありますが、それらは神経系の要因が関わるものであったり、早期に獲得して置くことがそれ以降のトレーニングの土台となると想定されるものであったりします。
持久力に関しては、先に述べたように、それ以外の身体的特性と比較して必ずしも早期にトレーニングを積む必要がないと考えられます。その時間を別の身体的特性のトレーニング(FMS, Agility, Speedなど)に当てることが、長期的にみてその選手のパフォーマンスに繋がる可能性もあります。
中学生は持久力を向上させなけらばならない!
という固定観念を崩すことが、中学生サッカー選手のトレーニングを変える一歩になるかもしてませんね。
■まとめ
LTADモデルやYPDモデルは育成年代の子供を長期的な視点で、みんなで関わって支えていくために重要な基準を示してくれます。
育成年代においても持久力のトレーニングは非常に重視されているのが現状ですが、現在小学生〜高校生に関わり、それ以前には大学生と関わってきた中での経験も踏まえると、持久力に関しては「成人になる時点で最低限の持久力を要していれば、もし不足していてもそこからのトレーニングでどうにでもなる」というのが現時点の個人的な考えです。
YPDモデルでも示されているのように、FMS, SSS, Speed, Agility, Power, Strengthといった身体的特性を高めるアプローチが重要である、ということは成人サッカー選手の課題として挙げられるものは結局時持久力よりもこれらの能力であるという現実からも理解できるのではないでしょうか。
もちろん各年代でより高いレベルでサッカーを行う場合に持久力がネックになる可能性もありますが、中学生年代以下で仮にそのような状態になったとして、それは本当に持久力トレーニングが足りていないからなのか?と日頃の取り組みに関して疑問を持つことで解決できることもあると思っています。
今回は以上です!
ありがとうございました!
■参考
ライター
Keisuke Matsumoto
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