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星と人の間に ニューヨークで絵描きとして生きる (5)
ニューヨークで、絵描きとして活動してきている啓茶(ケイティ)、ことKeico Watanabeです。
私がアメリカに来てから、27年。
これは私がニューヨークに渡って、絵描きとして生きてきた日々の物語です。
綱渡りのニューヨーカー、ジョーの話
午前中は語学学校で英語を学び、午後は制作活動の間に色々な仕事をした。
日本からのデザインやイラストの仕事も少しはメールでのやり取りはしたが、それよりもNYの人達の生活と関わる仕事、画廊の留守番や、引越し業、窓拭き、空港送迎等の雑務の方が、なんだか心地よかった
アルバイトあったら教えて下さいと、周りの友人知人に声をかけると、
チェルシーの画家がヒップの手術をしたから、お世話に行って欲しいとの依頼がきた。
面接に行ったら、ぜひ来てくれてという。
そのアーティストは、松葉杖を使ってなんとか部屋の中を歩けるようになったが、買い物や犬の世話などを含めて補助者が必要だということだ。
語学学校に行く前に朝ニューヨクタイムズを買う。
この新聞をそのアーティストのアパートに届け、コーヒーを入れる。犬の散歩に20分ほど街を歩く。
挨拶をするたびに気分は盛り上がった。まるで本物のニューヨーカーみたいな生活だ。
誰も私が英字新聞を解読出来ないとも、私の犬ではないとも、知らないのだから。
その時の私は、ヒップはお尻ではなく腰骨だったという事に気づいたのはバイト3日目だった。人生、なんとかなるものだ。
画廊のレセプションにも、せっせと出かけた。
ニューヨークには数えられないほど画廊がたくさんあって、毎週どこかでレセプションパーティーが行われている。同じルートで回っていると、顔見知りも出来てくる。
「きみは、火曜日の午後は時間があるの? 」
ある画廊のレセプションで、ジョーと名乗る、痩せこけた青年が声をかけてきた。
「チェルシーの画廊を一緒に回らないか?」
ジョーは時代遅れのスニーカーをはいて、オレンジ色の毛糸のセーターを着ていた。
「いいよ。どこにいればいい?」
「電話するから、番号教えて」
ジョーは考古学の先生で、週に2コマ先生業をしているそうだ。
マンハッタン中を隅々まで知っていて、
「この看板を見ろ、あのピザ屋のオヤジを見ろ、ここの建物の3階の窓のデザインだけ変でしょ!」
としゃべりまくる。話の内容より、ネイティブの生の英語を聞きながら、街を歩き回れるということが心地よかった。
自然史博物館もメトロポリタン美術館も1ドルでチケットを購入して入れるということを知った。
カフェで、1ドルで飲めるホットココアを飲む。
暖かいだろ、美味しいだろ、と言われて飲むホットココアは最高に美味しいとも思えてきた。ジョーは毎回同じオレンジ色のセーターで同じ靴を履いていた。
私としては自分が御馳走してもいいから、レストランに入ろうと誘ったが、レストランは高いよと断られた。
この不思議な青年のテンポを壊したくなかったので、彼のペースに任せて、観察しながら行動を共にした。
一ヶ月か二ヶ月に1度ぐらいだろうか、忘れた頃にジョーからの電話がかかってきた。
「ケイティ、聞いてくれ、今日は素晴らしいニュースがあるよ」
3時に啓茶のアパートに迎えに行くから前に出て来てと、電話があった。
笑顔のジョーが見せてくれたのは、地下鉄の切符だった。通常ニューヨークの地下鉄はどこでも均一料金なのだが、一日券、一ヶ月、の切符があった。
「これを知っているか? これはスーパーチケットだ。今日はどこでも連れて行ってあげるよ、一日どこでも行き放題フリーなんだ。だから、どこでも連れて行ってあげるよ」
私も学校に通っているので乗り放題の切符を持っているので、2人は余分なお金を使わずにどこでも遊びに行けるということだ。
あまりに嬉しそうにはしゃいでいる彼の顔をみていると、なんだかワクワクしてくる。
「それは素晴らしい、どこに行く?」
「ブルックリに行こう、素晴らしい空間の画廊があるよ。」
地下鉄の中でもジョーははしゃいでいた。
ジョーは、まるでマンハッタンのステージのピエロだ。
私が笑うととても誇らしげな顔をした。
自分のペースで気持ち良歩く、
決して足元を見る事もせず、遠い想像の世界を楽しんでいた。
そんなジョーの絵は、ビル群の上に張られた綱渡りの絵になった。
* * * * *
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きっちり分けられないこと
正しいこと、間違っていること
綺麗なこと、醜いこと
信用と裏切り
フィクションとノンフィクション
北緯40度の摩天楼
ビルの間に一本の綱をはる
決して落ちない綱渡り
風に身をまかせればいいのかな
陽を背中に感じればいいのかな
怖くはないよと鳥も言う
足元を見ていちゃだめ
出来るだけ遠くを見つめてね
プライドってなんだっけ
スーツの着方も忘れちゃった
青い空は知らん顔しているが
白い雲は包んでくれるさ
今日より少しだけ優しい心を
明日はきっと届けるよ
マンハッタンの綱渡り
* * * * *
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