星と人の間に ニューヨークで絵描きとして生きる (12)
ニューヨークで、絵描きとして活動してきている啓茶(ケイティ)、ことKeico Watanabeです。
私がアメリカに来てから、27年。
これは私がニューヨークに渡って、絵描きとして生きてきた日々の物語です。
マンハッタンで Coo ギャラリーを運営する
できることはなんでもやった。
まずはアパートのリビングルームでは展示会。部屋を掃除して、ワインを用意してお客さんを招待した。アパートのオーナーも絵が好きなので、よく見に来てくれた。
次なる画廊を探さなければと思っていた時に、アパートのオーナーから
「もし1階のスペースで画廊をしたいのなら使ってみたい?」
と言われ、洋裁の仕事場を探している友だちと一緒に借りる事にした。
NYで個展を開催してから、友人から、あるいは友人のツテからの知人から、画廊を紹介して欲しいとか、どうやったらNYで個展が開催できるのかという問いあわせが増えていた。
みんなで使用したら、なんとか家賃や経費が回りそうだ。
さらに私が個展を開催していたソーホーの画廊は閉鎖することになったので、ちょうど良いタイミングで画廊を開催することになった。
画廊の名前は、Coo
仲間のことや、鳩の鳴き声も意味するし、 空はクウと読むので空間というスペースという意味もある。
そしてある日のこと、初老のご夫人が画廊にやってきた。
亡くなった夫の絵画の販売をして欲しいという。多くの抽象画や画集を抱えていた。
作品はアメリカの絵本にもなったことがあるというユーモアある優しい絵や、そのタッチで描かれた、生きる強さを描いた抽象画があり、実力のあるアメリカ人画家は、すぐにでも画廊での展示をしたい作品だった。
ゆっくりお話を伺った後、こちらの状況を説明した。
この画廊は、たまたまビルのオーナーさんのご好意で貸してもらえていること。そろそろ閉めようかと思っていること。
私自身も生活と制作の場所として家賃の高いマンハッタンではなく、郊外に引っ越しを考えていることを説明した。
すると、そのミセス・スタインは、こういったのだった。
「だったら、場所を変えて一緒に画廊業をしませんか?」
驚いたことにギャラリーの申し出だった。
「60代までは、アパレル業界で忙しくしていたので、これからは絵の販売を中心にしていきたいんです」
70歳になって、これからの私の夢を語るご婦人の目がキラキラと輝いていた。
それから私たちはチェルシー方面を繰り出して、22丁目に空間を借りることにした。部屋の真ん中に壁を作り、それぞれが所有する2つの画廊の空間となった。
先輩にプレスリリースを依頼したり、広告を出したりと、NYスタイルの集客を考えると、月にひとつの展覧会が精一杯だった。手作りの看板を作り、ギャラリー雑誌に広告も出して画廊業がはじまった。
宣伝を兼ねて公募展も開催しよう、企画展覧会で作家も招待しようと、日本にいるアーティストにもニューヨークでの展示をできる場所にしようと友人たちにも声をかけた。
アーティストの発表の空間や、次の企画につながる営業は、自分の絵を営業するより恥ずかしさもなく、作品や作家の説明をしたり、売り込んだりすることができた。
少し落ち着いたら自分の個展も開催しようと考えていた。
絵描きがキャンバスに向かう時
新しいキャンバスを買いに出かけた。大きめのと中ぐらいと、小さいの2枚。キャンバスをイーゼルに立てても、まだまだイメージが見えてこない。
それぞれの絵に広がる展開を想像しながら、イメージデッサンをたくさん描く。
スケッチブックにも、コピー用紙にも、ノートの端にも。
サーファーが静かな海を眺めている時もこんな気分なのかもしれない。
小さな波が何度も来て、最高の波がくるのを待つように。
キャンバスに向かいながら体調を整える。
* * * * *
ハドソン川に雲が浮かぶ
太陽は月の後ろに隠れた日
この日は言葉をかの日につたえ
この夜は知識をかの夜につげる
話すことなく、語ることなく
その声も聞えない
ダビデの詩を聞きながら
そっと目を開けてみる
過去の計算式を思い出しても
絵の具の量は測れない
音符は小さく消えちゃうから
指揮者になって筆を振る
人と星の間にあるそれぞれの物語
みんな神様のご計画
* * * * *
初の個展は「星と人の間に」
それからほどなくして、ニュージャージー州の住宅街に住まいを移した。
ニューヨークに来てから5年以上、マンハッタンのなかでも特に騒がしいヘルズキッチンで暮らしてきた私にとって、緑に囲まれた暮らしはまったく新しい世界だ。
住まいには、アトリエもあって、大きな絵も描けるし、作品を置いておくこともできる。
中古の5ドアステーションワゴンが私の車になった。
エンジ色で左ドアが少しへこんでいる車でルート4を東に走る。
車には、自分の個展用の作品と、ギャラリーのオープニングレセプション用の白ワインが2ケースぎっしり積まれている。
いよいよCooギャラリーで、自分の作品を集めた個展を開くのだ。
そこにはニューヨークの光景も、ビルも、空の星も、音楽も、出会った人たちも、そして911を経て傷ついた街も、生き延びてきた命も、私にとってのすべてが詰めこまれている。
ジョージワシントンブリッジを渡る時、右にマンハッタンの景色が広がる。
遠くブルーグレーのグラデーション、シルエットは毎年変化している。
個展のタイトルは
Between Stars and Human
星と人の間に
星と人の間に繰り広げられる、たくさんの物語を届けに、私はニューヨークへ向かった。
この作品を見る、すべての人たちに向けて。
いつか私の作品に出会ってくれるかもしれない、すべての人たちに届くように。
* * * * *