星と人の間に ニューヨークで絵描きとして生きる (2)
ニューヨークで、絵描きとして活動してきている啓茶(ケイティ)、ことKeico Watanabeです。
私がアメリカに来てから、27年。
これは私がニューヨークに渡って、絵描きとして生きてきた日々の物語です。
徹夜つづきのフリーランスの日々
広告会社をクビになったけれども、くじけている暇などなく、自分の絵の売り込みを始めることにした。
「なんでもします、アシスタント業はないですか?」
と先輩事務所を回ったり、新聞の求人欄にある「イラストレーター募集」の会社に電話して面接を申し込み、今までの作品ファイルを持ってせっせと出かけたりした。
そうして営業していると、
「面白いね」
と私の絵を見て言ってくれる人たちもいるのがわかって、少し手応えを感じるようになった。
そして雑誌のカットなどのような自由な個性で表現していい仕事が少しずつ入ってくるようになったのだった。
保険会社のパンフレットには、パステルカラーで「幸せそうな家族の食事風景」、
旅行会社からは「夏のビーチに出かける女子たち」、
バイク雑誌やお料理雑誌、
教材や陶器の絵付け、
文具会社から季節のステーショナリー、
少しずつ色々なところから仕事依頼の電話がかかって来た。
実家のそばに借りた自宅兼事務所にはデザイナーやプログラマーの出入りも多くなり、下北沢のゲーム少年たちとウェブ制作の仕事を始めると、イラストを描いた後にプログラムの手伝いをやっては、なんとか締め切りに間に合わせていた。
原稿やデータの取引にバイク急便も深夜までよく来ていた。
徹夜続きの私に母は、
「普通の人のように9時から5時とかいう仕事はないの? そんな生活は、身体に悪すぎる」
と小言ばかり言っていたが、
「フリーの方が儲かるから大丈夫」
とかわして、とにかく文句を言われないようにと体力の限り仕事を受けた。
だんだん母は文句を言わなくなり、
「深夜に帰宅する私に大変だわね、お疲れさま」
というようになったのが、かえって不安に感じたくらいだった。
当時はこれがバブル期で、たまたまイラストという仕事まで世の中に溢れているということには気づかなかった。
その後、バブルが崩壊して3Kと言われる、広告費、交際費、交通費を企業が一斉に抑えるようになった途端に電話の数も減ってきた。
事務所の固定費やコピー機やコンピューターのリース、車のローン、忙しく回っていた歯車がだんだんと回らなくなっていった。
忙しくイラストレーターとして生計をたてながらも、一方で絵描きとして、自分の絵がわからなくならないようでありたいと、もがいていた。
そのために定期的に新作を描き、画廊で個展を開催したりしていた。
―売れる絵が本当に描きたい絵なのだろうか?
―自分はどこに向かっているのだろう?
そう、不安の渦の中でいつも悩み、思いあぐねていた。
自転車操業のような毎日の中で、まとまった休暇や旅行の計画を立てる気はしなかったのだが、そのクライアントからの依頼である、
「海外での打ち合わせ」
というのは、久し振りに海外に行けるチャンスでもあり、その時は日常から逃避をしたくてたまらなかったのだ。
そして寝不足のまま、成田から一人でニューヨークへと飛び立ったのだ。
ソーホーの画廊
JFK空港からマンハッタンのホテルへは、イエローキャブに乗りたどり着いた。
チェックインが一番緊張したが、翌日の打ち合せには顔なじみの人たちも同行してくれたのでデータを渡し、今まで手がけてきた作品資料などのファイルを見せて簡単に終わった。
高層ビルのオフィスの窓からは、クライスラービルもイーストリバーも見える。そしてたくさんのビルがまっすぐに空に伸びている。
以前は外から眺めていたビルディングの中に私はいるのだと思うと、観客席から舞台へ迷い込んだような気がしてきた。
「啓茶さんは、どこへ行きますか? せっかくのニューヨークなんだから、画廊に絵を売り込んでみてはどうかしら」
クライアントの女性社長がにこやかにそう言った。
「はあ」
と返事をしながら、私の顔はこわばっていた。
たしかにソーホーの画廊には行ってみたいと思っていたが、時差で頭はもうろうとしていたし、一人で街を歩くなんて心細すぎる。
お願いだから、買い物でも観光でも一緒に連れて行ってくださいよ、一人にしないでください。
本当はそう言いたかったけれども、その言葉を飲みこんだのだった。
* * * * *
きっちり分けられないこと
正しいこと
間違っていること
綺麗なこと
醜いこと
信用と裏切り
フィクションとノンフィクション
両方の間に道はある?
渡ってみよう先の世界へ
風が助けてくれるから
太陽が照らしてくれるから
怖くはないよと
陽気なセールスマンが笑顔で言う
教会の牧師さんは、首を横に振って険しい顔
明日は、雨になるのだろうか?
教えてください、あなたの言葉を
言葉が、音となり、表情だけが、心に残る
知らないタイトルの本の初めのページ
何が書いてあるのだろう
たった、2%の可能性で、買ってみる
お気に入りの帽子をかぶり
98%の現実にさよならを言う
* * * * *
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